「経験デザインの思考フォーマット」活用演習課題(テーマ:iPod touch) |
最近、「デザイン」が企業戦略そして経営戦略として重視されている。
ちなみに「コンセプト思考術」は、15年ほど前にクルマの商品企画スタッフ、デザインスタッフの育成のために開発したものだが、じつは当初は、産業デザイン振興会(グッドデザイン賞を選定)の依頼で名古屋や九州諸県のデザイン振興政策のためのワークショップでインストラクションしていた。今の私からすると意外と思われる方も多いだろうが、建築学科と建築史、つまりはデザイン史を専攻し、ディスプレイ企業でアートディレクターもした私は、当初は、マーケティングや発想などの知識創造よりも、空間系のデザインに深く関与していた。
そんな私が、クルマや家電の商品開発の人材と関わるようになって一番最初に感じたことは、「モノ作り」の人たちは<モノの機能>を起点とした<モノのデザイン>をしている、ということだった。
一方、博覧会パビリオンや百貨店や博物館などを作るディスプレイ業界の人たちは、<コトの意味>を起点とした<コトのデザイン>をしている。
大学に残って茶室や料亭など、場における経験のあり方を踏まえてデザインを進める分野を研究した私だが、そもそも一般的な「モノ作り」よりの建設業界を回避してディスプレイ業界に就職したのは、<コトのデザイン>志向が強かったと言える。
そんな私が「コンセプト思考術」に思い至ることは自然な流れだったのかも知れない。
<コトのデザイン>とは「経験をデザインする」ということである。
さて、話を現在に戻そう。
たまたま、「コンセプト思考術の展開インデックス」をアップロードするにあたり、ホームページのオン・ウェブのファイルを整理していたら、懐かしい3つの資料に出会った。
1つは、1980年代半ば、パイオニアがレーザーディスクの販売に力を入れていた当時、「オーディオ・ショップからAVショップへの転換」という要請されていた課題について、雑誌「商店建築」に寄稿したものだ。
本ブログでは次の記事*として掲載するが、これを久々に読んでしみじみと思ったことは、私が理想型とした「AVショップ」は、20年たった今日、日本のメーカーが凌ぎをけずっている家電量販店ではなく、APPLE SHOPにおいて、まさに「経験をデザインする」ことによって完璧に実現されているということだ。
(*「新コミュニティ・コンセプトを打ち出す『ニューAVショップ』の提唱を思い起こして(1/2)」
http://cds190.exblog.jp/6763165/
「同(2/2)」
http://cds190.exblog.jp/6768412/)
さらに1つの資料は、弊社事務所の設立当初の同時期、ゼネコンや広告代理店や組織建築事務所の依頼で都市再開発の基本構想やコンセプトづくりを多く手がけた関係で広告業界誌に依頼された、森ビルにより竣工したばかりの「六本木アークヒルズ」についての論文記事(**)である。
「六本木アークヒルズ」では、一般的な「建設=建物づくり」と同様に、利用する人々の使い勝手を想定し、<モノの機能>を起点とした<モノのデザイン>をしている。この点でも「経験をデザインする」と言えなくもないが、森ビルはさらに明快に「物語づくり」という意味合いで<コトの意味>を起点とした<コトのデザイン>をしている、と私は解説した。「物語づくり」という特異な概念は普及していなかったが、同じ内容を「ソフトな都会づくり」と表現した。
当時は、新都庁舎も建設していて世間では新宿副都心も注目されていた。しかし私は、森ビルが3A地区(青山、赤坂、麻布)で推進する「物語づくり」の方が将来的には大きな有効性を、世間の話題としても、よって不動産投資としても発揮する筈だと予想した。
そして実際に、その後の「六本木ヒルズ」「表参道ヒルズ」の展開をみると、森ビルは「固有かつ優位の物語づくり」ばかりを選択して開発を集中した。それは、上海の巨大インテリジェントビルにまで及ぶのだから、その徹底ぶりは、東京駅前の「新丸ビル」の三菱地所、「東京ミッドタウン」の三井不動産など業界他社を寄せつけない。
この論文も後に記事として掲載する。
(**「『ハードな都市からソフトな都市へ、そしてソフトな都会づくりへ』という予測を思い起こして」
http://cds190.exblog.jp/6768419/)
以上、20年前に、すでにある業界では「経験をデザインする」ことが、小難しいデザイン戦略論やケーススタディなどなしに直観的かつ戦略的に行われ、さらに昨今アメリカ渡来の新広報戦略とされる「固有かつ優位の物語づくり」の潮流が生まれていた事実を示すとともに、今後の関連資料掲載の予定を述べさせた戴いた。
最後の1つの資料が冒頭掲載した、2〜3年前にカーナビ部門の調査研究プロジェクトのために開発した思考フォーマットである。(実際には使用されなかった。)
このプロジェクトで私自身が得た最大の成果は、私が重視する「コト実践層」という自らの感性や好奇心に従ってユニークな実践をして、その経験という一次情報を累積していく階層の特性についてであった。
彼らは、自ら「経験をデザインする」発想思考の持ち主であるということだ。
つまり、もはやメーカーは、こうした創造的な生活者のさらに先を行くか、積極的に共同学習するかして受け手にとっての<コトの意味>を起点とした<コトのデザイン>をする、ということが日常不可欠の業務内容になっている。
この思考フォーマットの活用演習は、メーカーのデザイン戦略に携わる人々が、自らの日常業務の質を自己診断するものでもある。
自信のある人、反省したい人、ともに是非やってほしい。
「デザイン戦略に携わる人材」というのは、もはやデザイン部門の人に限らない。
「どのような経験デザインをするのか」というコンセプトとその質感(クオリア)を共有して、研究部門、技術開発部門、商品企画部門、生産部門、販売部門が足並みをそろえ、受け手とする生活者が期待し満足する一貫した「物語」となる経験を実現しなくてはならない。
思考フォーマットの各セルの記入内容にそって、どういう基礎技術および応用技術が研究されねばならないか、から、どのような売り方やアフターサービスが展開されねばならないか、までがそれぞれの現場で検討されなくてはならない。
いま現在の多くのメーカーの実態はどうかというと、そのような組織全体が一丸となった「経験デザインの仮説・検証・綜合」などまったくしようのない、いわば「モノ作り」を偏重した商品開発や商品デザインが現業実務となっている。
もし、「うちの会社はそんなことはない」とおっしゃる方ならば、各セル記入はすんなりこなすことができるだろう。
しかし、「うちの会社は、デザインはデザイン部門の専管事項で、他の部門はバトンリレーのように協力しているに過ぎない」と認める方ならば、たとえデザイン部門の人でも各セル記入は手間取るだろう。
このことを以下の思考フォーマットを活用する演習課題で実感してほしい。
演習課題は、
「*APPLE社の話題の新製品「iPod touch」について、思考フォーマットの各セルの内容を検討して記入せよ」
というものだ。
まずは「iPod touch」を手にとって触れたことの無い状態で、APPLE社サイトの商品プレゼンテーション動画をみた上でやってほしい。
そして、APPLE SHOPで実際に操作したりコンテンツを堪能したりの経験をして戴き、その上でまたもう1枚新たなに思考フォーマットを記入してみてほしい。
前者が、あなたの「経験デザイナー」としての商品企画力の質を示し、
後者が、あなたの「経験デザイナー」としての顧客観察力の質を示すことになる。
「iPod touch」開発において、この思考フォーマットの各セル記入をまっとうするような緻密なコンセプトづくりが行われていることは確かだ。また、任天堂のWiiも、自分が実際に購入して体感して分かったのだが、同様の全社一丸過程を踏んで商品開発が行われていることが分かる。
ちなみに私自身、Wiiを手にとって触れる前に推測でWiiについて各セルに記入した内容と、実際に経験してきた今記入する内容とでは大きく隔たっていると思う。
これに照らして言えば、「経験デザイン」体制が整っていないメーカーの開発業務とは、いくら即物的ではあっても、Wiiを実際に体験する以前にしていた推測の域を出ないことになる。Wiiを実際に経験していくと、単なる使い勝手の善し悪しというレベルではない満足感や期待感が膨らむ。このことも言葉だけでは決して理解してもらえないだろう。使いこなしていく中で感性で体得することだからだ。
私たちは、職場という現場で、モデルというモノに触れ、生産というモノづくり過程の近所にいることで、十分に現実的であると思い込んでいる。しかし、多くの不人気に終わる新製品をみれば明らかなように、それは「経験デザイン」をまっとうしていない単なる集団的思い込みに過ぎないと言えよう。
自社の商品開発が、「経験デザイン」のための企画や観察において重要である、感覚的な暗黙知を文言や文章という明示知にして共有することを、いかにおろそかにしているか反省してほしい。
特に情報家電のメーカーの方々には、OSやアプリケーション、オンウェブ・サービスのあり方が「経験デザイン」の中核であることを理解し、その理解を開発の業務と体制に是非反映してほしいと思う。
言うまでもなく、これはデザイン部門の人材にのみ責任転嫁されるべき問題ではない。
「受け手にとっての経験を一貫した物語として実現する」ことに関わる組織全体の人材が、問題意識を共有し、それぞれの現場でそれぞれの課題を自ら創出していくべきことは言うまでもない。