ブルー・オーシャン戦略のポイントとコンセプト思考術(2) |
W・チャン・キム+レオ・モポルニュ著/ランダムハウス講談社 発
市場の境界を引き直す大胆な発想はどこから来るのか
著者たちは「市場の境界を引き直す」ことの重要性を正しく主張して、
「というのも経営者やマネージャーは、直感や気まぐれで戦略を決めるわけにはいかないからだ」
と述べます。
私は、直感と気まぐれはイコールではないし、まして直感は有意義である場合が多く、むしろ自分の直感を信じたり活用せずに業界や会社や職場の常識に身を委ねるのみで、常識を疑うことについて思考停止でいることの方が問題だと思っています。時には常識に捕われずに自由気ままに、自分のおかれた立場からすれば無責任であり気まぐれとも思われるような発想をしてみることこそが、無意識のパラダイムを意識化して真のパラダイム転換を模索する有意義な思考ですらあると経験的に知っています。
前項(1)で解説したブルーオーシャン戦略立案のための戦略キャンパスを例に、まずそのことをご説明しましょう。
たとえば、従来のプラズマテレビの価値曲線を松下とパイオニアで描けば、画質の精細度、画面の大きさ、価格などの既存の競合要因では程度の差こそあれほぼ同様の傾向を示す筈です。では、そんな競合現状の戦略キャンパスを眺めていれば、私がご提示した「プラズマを上下二つ折りにして手前半分をタッチパネルにしたマルチクリエイション・テレビテーブル」のようなアイデアが出てくるかと言えば、けっしてそうではない。
じつはそれは、イエロー・テイルが追加した従来の高級ワインとデイリーワインにはない新たな競合要因についても言えることなのです。
戦略キャンパスを眺めていて思い浮かぶブルーオーシャン戦略は、既存の競合要因AとBについて、おおよそABともに高いと、A Bともに低いの2つ戦略グループがある際に、Aが高いがBが低いか、Aが低いがBが高いかの有効な新機軸が可能性として存在する場合に限られます。
(ちなみに、プラズマテレビの場合は、現状では高精細で大画面という競合要因で競っていることから、とても高精細だがとても小さいマスクタイプのテレビの市場に思いあたります。しかし、これは価格の割に満足度が低かったためか、すでに数社が出しましたが市場は拡大しませんでした。この辺りを事前によく吟味して、単なるニッチ市場とブルーオーシャンを峻別すべきだとし、市場規模が十分大きいか大きくなりうることが条件であると本書でも解説しています。(余談ですが私は、マスクタイプはノートブックPCに簡単に接続できれば欲しい人がたくさんいると思います。商品開発がその方向で継続されているのか、それとも各社ともに諦めてしまったのか観察しています。)
あと、とても大画面だが画質はそこそこでとても価格が安いプロジェクションテレビの市場に思いあたります。これはすでにアメリカで市場が立ち上がり日本でもエプソンなどがダイレクトマーケティングで販売しています。では、これをブルーオーシャンと言えるのでしょうか? サンヨー以外のプラズマや液晶に注力している競合各社は、市場での自社商品同士のカニバリ(共食い)と小売店を出し抜いて直販をすることのデメリットを嫌ってか参入していません。しかしそうした判断をさせているのは、とくに日本での市場規模が小さいためであり、ブルーオーシャンというよりはニッチ市場と呼ぶべきでしょう。
私の個人的な見解、あるいは開発の志向性に過ぎないのかも知れませんが、ある個性的なニーズをもったカスタマーに対してベストなライフスタイル、ワークスタイルなりビジネススタイルを実現するもので、そうした対象が十分多くて、他に類例のない価値により指名買いを発生し価格弾力性が高いものが、ブルー・オーシャンになりうると考えます。マルチクリエイション・テレビテーブルは、VJのような音と映像そしてドキュメントを複合してするクリエイティブワークが世の中にたくさんあり、かつその分野のハイエンド・カスタマーたちに対して新しい品態/業態/店態(=プラズマとアプリケーションソフト/各種オンラインサービス/そのインターフェース)がトータルで最高のワークスタイルを実現する余地が十分にあります。ここが、万人向け=コンシューマー狙いで価格以外の何かの競争要因で劣るものとの、たとえばプロジェクションテレビとの大きな違いです。
そして金融業界でトレーダー業務用に特別なオフィス機器があるように、アニメ、ゲーム、ホームページ動画、映画、CM制作などなどで特定個人が高効率かつ複合的な判断とコミュニケーションを求められる作業過程そして役割が拡大していて、そこに潜在需要の塊があります。)
私が自信をもって言いたいことは、未知未存の新たな競合要因(AB以外のC)をそなえた有意義な新しい品態/業態/店態の発想は、あくまで直感という思いつきに頼るしかないということなのです。いくら市場調査をしても出てくる訳でもなく、また生活者が気づいていたり顧客が知っている訳でもない。本書でもそういう主旨のことを著者たち自身が述べています。
無論、直感という思いつきを戦略キャンパスとアクション・マトリクスを使ってメタ思考して吟味し、かつ精緻にマーケティング実務に結びつけていくということは有効ですし不可欠です。その際、洞察を深め発想を広げるというメタ思考にそれらは確かに役立つでしょう。
しかし、直接的に新しい競合要因を発想する過程やそうした競合要因を欠いている現状の問題を発見するのは、やはり受け手の生活現場や仕事現場やビジネス現場を観察したり想像したりしての思いつき、というか思い浮かびによるしかないのです。本書でもそうした「実地の現場観察をしてから戦略キャンパスを複数作成して、それを見本市的に展示してターゲットと想定するモニターに採点評価してもらう」というノウハウが解説されています。
そして、パラダイム転換のポイントを提示すれば誰でも「あはー」と明快に納得する有意義かつ大鉈をふるったような新機軸の発想、直感、思いつきのブルーオーシャン戦略の骨子については、それこそが正解であることの証であって、その洞察を深め発想を広げる「コンセプトワーク」という名のメタ思考をするには、コンセプト思考術の思考フォーマットの方が使い勝手は良い。一方、「プラニングワーク」という名の精緻なマーケティング実務に繋げて行くには、既存の競合要因についてどうするかもバランスよく検討できる戦略キャンパスとアクション・マトリクスの方が使い勝手が良い。しかし、戦略キャンパスの価値曲線をいくら眺めていても、発想自体は浮かんでこない。
そのことに関してはコンセプト思考術の思考フォーマットにおいても同じです。だから私は「発想術」ではなくて、発想を誘い深めるための「思考術」だと申し上げています。
ただ、前項でもイエロー・テイルの事例をコンセプト思考術の思考フォーマットで例解して触れましたが、コンセプト思考術では「意味論の転換を重視して土台とする」点が戦略キャンパスとアクション・マトリクスにはない特徴です。送り手側の私たちの視点を単に受け手側にするだけでなく、<モノの機能><モノの感覚><コトの感覚>を考察する際その土台であったり目的であったりする<コトの意味>に注視して、4概念要素による概念構造全体の転換を俯瞰することが、私たちが無意識的に受け入れている現状パラダイムを反省させる分だけ問題性への洞察をより誘発し、未知の理想パラダイムの全体像を問わせる分だけ理想性への発想をより誘発するということです。
(ちなみにマルチクリエイション・テレビテーブルのアイデアは、上下二つ折りのプラズマテレビという映像が最初に頭に浮かんできました。思考ではなくあくまで発想の成果です。そしてこれは<モノの特徴的な機能>であり、なぜそんなものが思い浮かんだのだろうかと、映像にフォーカシングすると、手前がタッチパネルになっていることやいろいろなクリエイティブワークに活用されている映像が浮かんできました。そしてその内容を思考フォーマットに落とし込んではパラダイム転換の全貌を俯瞰的にメタ思考していったのです。この場合は「手段」が先に思い浮かび、後から意味論の転換という「目的」を抽象的に思考しましたが、場合によっては意味論の転換という「目的」の方が最初に直感的に思い浮かんで、後から目的達成のための「手段」を具体的に思考することもあります。)
イエロー・テイルの事例は、著者たちがその成功を後から戦略キャンパスとアクション・マトリクスを当てはめて説明できた、ということに他なりません。高級ワインとデイリーワインの既存の競合要因の価値曲線を眺めていて、新しい競合要因を思い浮かべることができたと考えるのは、事実に反するでしょう。
本書で著者たちは、サムソンの本部中枢で戦略キャンパスを用いた開発が行われたことを記載していますが、そこに際立ったブルーオーシャン事例があるとは思えません。本書でもブルーオーシャン開拓の事例として上げているソニーのウォークマンやアップルのiPodほどの、パラダイム転換のポイントを提示すれば誰でも「あはー」と明快に納得する有意義かつ大鉈をふるったような新機軸は見当たりません。
市場の境界を新しく引き直す方法
誤解がないようにお伝えしますが、本書で著者たちが述べている「市場の境界を新しく引き直す方法」は卓見に満ちていますし深く頷くことばかりです。ただ、戦略キャンパスとアクション・マトリクスはその新しい境界の発見ツールではなくて、新しい境界についての発想や思いつきを新旧の競合要因に照らして検証し、洞察を深め発想を広げるメタ思考のツールであり、むしろ精緻なマーケティング実務に結びつけて行く上で便利なツールである、と申し上げているのです。そこを読み違えると、著者たちの意図しない、たとえば現状パラダイムの枠組み内でそうしたツールを使うという実りのない行動をとってしまう可能性があります。
さて、著者たちはこう述べて解説をはじめます。
「市場の境界を引き直す方法には主として6種類のアプローチがあるとわかり、これらを6つのパス(the six paths)と呼ぶことにした」
「6つのパスは、多くの企業が戦略のよりどころとする6つの前提を問い直す。これらの前提を無条件に受け入れ、戦略を築くことで、たいていの企業はレッド・オーシャンの泥沼にはまっている。つまり次のような失敗に陥っているのだ。
●他社と横並びの業界定義に沿って、業界一位をめざそうとする
●一般的な戦略グループ(高級車、低価格車、ファミリーカーなど)(筆者注=品種/業種/店種)の概念に沿って業界を眺め、自社の属する戦略グループで抜きん出ようと努力する
●オフィス機器業界なら購買担当者、アパレル業界なら利用者、医薬品業界なら影響者というように、他社と同じ買い手グループに焦点を当てる
●製品やサービスの範囲を他社と同じように定義する
●機能志向あるいは感性志向といった業界の特性をそのまま受け入れる
●戦略を策定する際に、同じ時点、しかも往々にして現在の競争状況に着目する」
以下、この6つのパスのポイントについて順次検討して参りたいと思います。
「パス1:代替産業に学ぶ
視野を広げて考えると、企業は同業他社だけではなく、代替財や代替サービスを提供する企業とも競争しているといえる。ここでの代替財とは、単なる代用品ではなく、より幅広い概念である。代用品は同じ役割を果たす、あるいは同じ効用を持つものだが、代替財は、機能や形状は異なるが、同じ目的のために使う製品やサービスをさす」
ここでは「自社専用機の便利さ快適さと一般旅客機のコストの低さを兼ね備えた、会員制旅客機のネットジェッツ」、「インターネットの利便性と携帯電話の簡易さを兼ね備えたiモード」、「住宅産業のプロたちの専門性をごく普通のマイホームDIY 向けに提供するホーム・デポ」、「自動車並みのコストでフライトを提供したサウスウエスト航空」などの事例が上げられています。前述した既存の競合要因のAは高いがBが低いの事例ですが、市場規模が最終的に大きいことが必要条件、先行の仕方しだいで他社の追随を許さぬ形で競争から免れられることを十分条件とすれば、ブルー・オーシャンを切り拓いた事例と言い切ることができるのは、ネットジェッツとホーム・デポぐらいではなかろうか。
ここで私は、市場規模が大きすぎて、新たな市場競争が生まれることが予測され、それに対する十分な対策のないものは、安易にブルー・オーシャンと呼ぶべきではないと考えます。
「パス2:業界内のほかの戦略グループから学ぶ
代替産業から学ぶのが有効であるのと同じく、業界内のほかの戦略グループ(strategic group)から学ぶのも、やはりブルー・オーシャンを創造する切り札となりうる。(中略)大多数の企業は、自社の属する戦略グループの中で競争力を強めようとする。(中略)別の戦略グループから学ぶためには、このような狭い視野を克服しなくてはならない」
ここでは、「既存のヘルスクラブのトレーニングの充実と家庭向けエクササイズ・プログラムの女性の気軽さ気楽さを兼ね備えたカーブス」(女性専門でたとえばマシンが円形にならべられてエクササイズしながら楽しくおしゃべりできるようになっている)、「メルセデス並みの高級車をキャデラック並みの価格で提供するトヨタのレクサス」、「ステレオ・ラジカセの品質とトランジスター・ラジオの持ち運びやすさや低価格を兼ね備えたソニーのウォークマン」(筆者注:実際に低価格になったのは日本発売後しばらくたった世界バージョンからである)、「安価で施工期間の短いプレハブ住宅で通常建築を提供したチャンピオン・エンタープライゼス」(筆者注:「富裕層の一部までがこの市場に引き寄せられた」と書いてあることから、日本でいえば積水ハウスのようなものなのだろう)の事例が上げられています。これも既存の競合要因のAは高いがBが低いの事例ですが、業界内の他の戦略グループとの間での折衷というところがポイントのようです。しかし、これも市場規模が最終的に大きいことが必要条件、先行の仕方しだいで他社の追随を許さぬ形で競争から免れられることを十分条件とすれば、ブルー・オーシャンを切り拓いた事例と言い切ることができるのは、ウォークマンに限られるように思います。軽量小型化技術とデザインのファッション化において、競合他社が追いつくまでにかなりの時間がかかったからです。カーブスのノウハウと女性専門施設化は既存および新規のヘルスクラブがすぐに導入可能だし、レクサスに限らないトヨタの競合優位性を除けば、つまりヒュンダイなどもベンツなみの高品質な車を作れるならば価格の安さでは抜かれる可能性もありましょう。プレハブ高級住宅にいたっては、日本ではすでにセキスイ、ミサワ、旭化成などの競争が展開しています。
「パス3:買い手グループに目を向ける
たいていの業界で、競合各社は同じ買い手層をターゲットとしている。だが現実には、購入の意志決定にはさまざまな当事者が直接、間接にかかわってくるため、一口に『買い手』といっても実に幅が広い。(中略)業界のこれまでの常識を疑い、どの買い手グループに目を向けるべきかを問い直すと、未知のブルー・オーシャンにたどり着ける可能性がある」
ここでは、「医者重視の姿勢を改め、利用者つまり患者に目を向けたノボノルディスクファーマのインシュリン投薬器<ノボペン>」などの事例が上げられています。このケースでは、特許取得によって利益機会を独占することができますから、間違いなくブルー・オーシャンを切り開いたと言えます。
潜在需要の塊を発掘することが必要条件ですが、先行の仕方によって新しい市場でシェアを確保するという十分条件を満たさなければ、新たな競争を生むだけでブルー・オーシャン戦略とは言えない。やはり私はここが現実におけるポイントだと思います。著者たちは従来かかったコストが無くなったりおどろくほど安くなることがポイントだと解説していますが、それだけを強調すると新たな低価格化競争をミスリードするのではないでしょうか。
コンセプト思考術では、品種から品態へのパラダイム転換事例として、それは受け手側の生活や仕事やビジネスの新しいスタイルを実現するものでなければなりませんが、上げているのは、「女性の側から求愛してよい新習慣を生んだバレンタイン・チョコレート」です。これは、それまでの品種チョコレートが「買う人=食べる人を前提にしていて、その同じチョコレートを贈答するという習慣もある」という状態だったところに、「女性の側から求愛したい人のための新習慣に特化したギフト・チョコレート」という未充足ニーズと未対応ターゲットを捉えた訳です。最初にこれが世に出たのはチョコレート自体が一部の富裕層のための贅沢品であった戦前で、大衆レベルで流行し定着したのは東京オリンピック以降のことになります。私は、潜在需要を掘り起こす発想がいくらよくても、今顕在化できる市場規模が大きくなければニッチの掘り起こしに終わってしまう事例として上げています。また、新習慣がティッピングポイントを超えたら一気に生チョコレート・メーカーだけでなく大手菓子業界も参入してきたバレンタイン・チョコレートは、創案企業(モロゾフ)や創案者(そこに勤めていたメリーチョコレート現社長)が市場シェアを確保できた訳ではないので、ブルー・オーシャン戦略ではないと考えます。
(なぜ、このような点を厳密に論じるかというと、経営危機に陥った企業が起死回生策としてブルー・オーシャン戦略を練る場合が念頭にあるからです。そのような場合、単に潜在ニーズの塊を発掘するだけでなく、先行の仕方によってその市場を早く成長させるとともにそこでのシェアを可能な限り独占すべきだからです。
そして、先行の仕方はけっして自社単独とは限りません。たとえばマルチクリエイション・テレビテーブルのVJ使いに関しては、楽器づくりや楽譜販売や音楽イベントに長けたYAMAHAと提携することにより、プラズマメーカーそのコラボレーション体制ゆえの先行独走を確保するべきでしょう。)
「パス4:補完財や補完サービスを見渡す
製品やサービスは単独で利用されるのはまれである。たいていは、ほかの製品やサービスを併用することで価値が増大する。ところが大多数の業界では、各社とも同一の製品やサービスしか視野に入れていない」
ここでは、「託児所付きの映画館」、「導入コストとしては高いが長年の維持費こみのトータルで安く、環境対応、美観、顧客対応に優れたNABIのバス」、「水道水の石灰分をとる機能がついたフィリップスのヤカン」、「本を売るという発想から抜け出して、読む楽しみや知的な探求の機会を提供したバーンズ・アンド・ノーブル」(筆者注:日本ではジュンク堂が図書館的な書架群とホテルロビー的なカウンターと喫茶コーナーで展開している形式)、「レコードを売るという発想から抜け出して、音楽鑑賞生活を多角的に支援したヴァージン・メガ・ストア」(筆者注:日本では丸井がヴァージンと提携し新宿で展開、その後の大型CD店店態の台頭の初めとなった、現在は撤退)、「紙パックを交換する必要のない掃除機を考案したダイソン」などの事例が上げられています。
市場規模が最終的に大きいことが必要条件、先行の仕方しだいで他社の追随を許さぬ形で競争から免れられることを十分条件とすれば、ヴァージン・メガ・ストアは、日本においても確かに潜在需要の塊を発掘はしたのですが、ブルー・オーシャンを切り拓いた事例と言い切ることはできません。日本では、TOWER RECORD 、HMVといった同業同店態が競争していて、先鞭をつけた丸井ヴァージンが撤退しているためです。
ちなみに、コンセプト思考術でも丸井ヴァージンを「店種から店態へのパラダイム転換」事例として上げています。顧客が買いたいレコードを分かっていて買いに来るかつてのレコード店から、買いたいものを知りに行くレコード店(丸井ヴァージンが登場した当時はCDではなくレコードの時代だった)へという意味論の転換が根底にあったことを解説しています。この種のパラダイム転換は、ヒグチ薬局とマツモトキヨシ(いま何がお肌や痩身によいのか知りに行く店態)の違い、ホームセンターと東急ハンズの違い(いま何がおもしろい趣味なのかどんなおもしろい生活雑貨があるのかを知りに行く店態)の違い、バラエティストアとドンギホーテ(いまどんな面白い安物があるのか知りに行く店態)の違いに通底しています。「いま・・・かを知りに行く店態」を実現しているの<モノの特徴的な機能>が様々な補完サービスです。
もしもの話ですが、丸井がヴァージン・レコードを新宿その他のグループ集中出店エリアに限らずに全国展開をしていたら、競合他社のさほど俊敏とは言えなかった追随を許さなかったのではないか、と思えてなりません。東急ハンズは追随したLOFTをいまだにリードしていますし、繁華街立地のマツモトキヨシと深夜立地のドンキホーテも他の追随を許していません。ある品目というか分野ごとに仕入れと陳列と顧客対応のプロ人材を育成することがこれら店態の共通点ですが、それは一朝一夕にできることではなく、先行している間に有望立地の大型店展開を済ませてスケールメリットを確保してしまえばキャッチアップは困難だからです。(ちょうどブックオフのようにです。)
ダイソンの掃除機の「紙パックを交換する必要のない」を補完財への着目とするならば、「洗剤のいらない洗濯機であるサンヨーの電解水洗濯機」などもブルー・オーシャンのようですが、「洗剤ゼロコースは、洗浄力は期待できないので、ほとんど汚れていない物の洗濯に使ってください」という説明があり、レッド・オーシャンでの差別化策に過ぎません。国民生活センターが性能評価テストをして「環境負荷を考えるなら洗剤を使ってまとめ洗いをしてください」とまで言っています。つまりたとえ特許を占有したとしても、競合が他のより魅力的な差別化策で対抗してきた場合負けてしまいます。これが「ほとんど汚れていない物の洗濯」をする業務用洗濯機であれば、洗剤を使わない他方式がでない限りその方式が製品の中核価値として優位なのですから、ブルー・オーシャンを切り拓くことができたのかも知れません。
こうした他社製品への厳しい評価視線は、私たち自身のアイデアにも向けるべきです。
たとえばマルチクリエイション・テレビテーブルは、単なるプラズマ事業を存続させるための苦し紛れのアイデアであってはなりません。それでは送り手側の論理であり、早晩破綻するでしょう。パソコンモニターをデュアル使いするといった代替手段では不可能な同一大画面での新しい有意義な作業展開を可能にするアプリケーションソフトが不可欠です。そこで高度なアプリケーションソフトの俊敏なる開発のために、YAMAHAとのコラボレーション事業体制やサードパーティによる多種多様なアプリケーション開発体制が求められるのです。
実務において現在私が感じているのは、「補完サービスを常識をこえてどこまで拡張できるか」が発想のポイントになってきている、ということです。
実際みなさんは、本書の事例を起こったことの解説として納得できても、とくに目新しいと感じない人は多いのではないでしょうか。ならば、ブルー・オーシャン開拓に求められる発想の次元はすでに先に行ってしまっているということです。
私は最近「環境志向を訴求するオフィス機器やその消耗材の取引においてガス排出権ポイントを導入する」という発想をしました。正直言って何をどうするの?という所はまったく考えていません。しかし、「え、そんなことまでするの!」と顧客企業はもとより同業他社にさえ言わしむるような発想であることは確かだと思うのです。そこがポイントだと理解してもらえれば、後はクライアント企業にいらっしゃるエコ関連の専門家の方々に具体的内容を考えてもらえばよい、というのが発想ファシリテーターとしての私の役目です。
私は昨年「中国進出事業所向けにテレビ会議システムを販売する際に、現地の法律のコンサルティングを日本語でする会員制サービスを付加する」という発想をしました。「なんでメーカーがそこまでする必要があるのか」と歯牙にもかけてもらえませんでした。しかしもし私が中国進出した事業所の最高責任者であれば、万一の時に判断を誤り首が飛ばないように、競合に比べて割高なテレビ会議システムでも前述の会員制サービス付きの方を採用すると思うのです。緊急事態の遠隔会議ほど、パソコンではできないし、お互いの緊張オーラが感じ取れるテレビ会議が有効ですが、必ず事態打開の見識のある者の参加と発言が求められる筈です。価格訴求で負けがちのAVメーカーであればなおさらのこと、真剣に考えていい方策だと私は思うのです。
いずれにせよ、オフィス機器、テレビ会議システムその他一般的に言えることで、本書も繰り返し指摘していることですが、自分たちの商品やサービスの優位的な差別化要素(=<モノの特徴的な機能>)だと思っていることのほとんどが、顧客からは競合と似たり寄ったりの程度差としか受け止められていない。つまり業界横並びの議題設定の同じアピール(=同じ価値曲線)であることは、競争戦略を練る上で最初に反省しなければいけないでしょう。
「パス5:機能志向と感性志向を切り替える
業界内の各社は、製品やサービスの範囲を同じように定義しているばかりか、機能と感性のどちらをアピールポイントとするかについても、似たような発想をしがちである。(中略)
だが、機能志向から感性志向へ、あるいは感性志向から機能志向へと転換を図ると、往々にして未知の市場空間が見えてくる」
ここでは、「機能志向の強かった腕時計業界に感性志向のファッション性を持ち込んだスウォッチ」、「感性志向の強かった化粧品業界に機能や実用性を重視した製品を打ち出したザ・ボディショップ」、「日本の理髪慣行をすべて問い直して機能志向に特化したQBハウス」などの事例を上げています。
いずれも、ブルー・オーシャンを切り開いた事例と言えますが、それは本書が解説している「優れたブルー・オーシャン戦略の価値曲線には、①メリハリ、②高い独自性、③訴求力あるキャッチフレーズ、という三つの特徴がある」点が成功因だったと思います。
スウォッチのデザイン性はひとつの様式美であり、プレミア付きのレア物のコレクターがいるなど、単なるファッション性とは一線を画しています。つまり、モノのデザイン性を<コトの個性的な感覚>にまで至らしてめいることがポイントです。
しかしザ・ボディショップは、チフレ化粧品のような単なる古典的な機能性特化としてブルー・オーシャン開拓を説明することはできません。コンセプト思考術では、「単にモノを売る業種」ではなく「買った人の知性を伝達する業態」への転換事例として取り上げてています。そのことは売り上げにしめるギフトの割合が高い事、ギフトに適した石けんシャンプー類の割合が高いこと、買った人の知性を代弁してくれるように、原材料調達や商品開発過程におけるコミュニティ・トレイド、動物愛護(香料に麝香を使わないことや安全性テストに動物実験をしないこと)、専用容器へのリフィル・サービスによるエコ対応などについての広報が盛んに行われていること、貰った人がそうした知性的なブランドを理解し買った人の印象をもてるように、繁華街の流行発信基地的なスポットに店が立地し周知を確保していること、などから説明されます。地元商店街の零細化粧雑貨店にあるチフレ化粧品とは概念構造の全体が異なる訳です。つまり、モノの機能志向をいわば国際知性派路線で特化することで、ギフトというコトに関わる象徴性を確保している。けっして単なる機能性特化がブルー・オーシャンを切り開いたという説明はあたりません。(こうした言わばブランド・マーケティングは、日本ではイオングループ傘下で徹底されていますが、たとえば本家イギリスのお隣のフランスではいい加減になっていて、ダイレクトメールにより雑貨廉価販売を告知して集客するなど、とても知性派狙いとは言えない様相を示しています。日本との落差は、フランスでは英国ボディショップ並みの国際知性は当たり前の話で訴求力がないとの判断があるのか、日本ではイオングループの企業イメージへの貢献を重視してあまり売り上げ拡大に必死ではないためなのでしょうか。)
QBハウスは、受け手にとっての合理性を極めるという<コトの画期的な意味><コトの個性的な感覚>、それらを具体化する「カットのみする」「カット後の毛くずを吸い取るエアウォッシャー」などの<モノの特徴的な機能>という概念構造にあり、<業種から業態への転換>事例として潜在需要の塊を掘り起こすだけでなく、先行の仕方によって市場シェアを確保し、まさにブルー・オーシャンを切り拓いた象徴的事例と言えましょう。アジア全域で急成長を遂げているとのことですが、ブルー・オーシャンは西欧的理髪の本家である欧米にこそあるように思います。
「パス6:将来を見通す
どのような業界も、時の流れの中で外部環境から影響を受けている。(中略)これらのトレンドを適切な視点でとらえれば、ブルー・オーシャンを創造するための道筋が見えてくる。(中略)
ところが、トレンドを予測するだけでは、ブルー・オーシャン戦略につながる知恵など、まず生まれはしない。そうではなく、トレンドが顧客価値をどう変えるだろうか、自社のビジネスモデルにどう影響するだろうか、と知恵を絞ることが求められる。視線を現在から将来に移して、将来の市場はどのような価値を生み出すかを予想すれば、積極的に自社の未来を切り拓き、ブルー・オーシャンを支配できるだろう。(中略)
トレンドの先行きを見通すうえでは、重要な原則が3つほどある。ブルー・オーシャン戦略を築く際に参考になるトレンドとは、①事業に決定的な意味合いをもたらす、②後戻りしない、③はっきりとして軌跡を描く、という3条件を満たすはずである」
ここでは、1990年代末の違法ダウンロードが広がり始めたことに反応したとする「音楽ファンのニーズと著作権者のニーズをともに満たしたオンライン・ミュージック・ストアiTunes」の事例が上げられています。
当初はMacユーザーに対する無料ストリーミングラジオ・サービスとして出発したiTunesが、やがてMacユーザー向けの有料サービスとiPodに、そしてWinユーザー向けのiPodへと展開してきた訳ですが、アップルに復活したスティーブ・ジョブスの頭には当初より現状のような具体的な展開案があったのではなくて、とにもかくにもブルー・オーシャンを切り拓くのだという基本姿勢があったように感じます。
マックユーザーでありウィンドーズも適宜に併用する小生には、そもそもMacがWindowsとソフトやハードとシェアを競わないブルー・オーシャンであるように思えてなりません。その基本姿勢が時々の状況判断によって最適な具体的な展開を無理無くしてきたということなのだと思います。つまり、「決めつけ断行の決定論ではなくて、可能性仮説検証の非決定論」ということです。ただし、ジョブス復活以前のアップルは、Macユーザーという既存顧客だけを見ていたように思います。
本書では2003年に開設された「オンライン・ミュージック・ストアiTunes」をもってして、ブルー・オーシャンを切り開いたとしていますが、それは正しい解釈だと思います。そして今回のブルー・オーシャンがWinユーザーまでを取り込むものだったことは結果に過ぎないように思います。本書では繰り返しブルー・オーシャン戦略が既存の競合状況を前提としないことを述べていますが、その観点からもそう考えられますし、iPodを使いたいためにPCユーザーになった者もいるくらいです。つまり、ジョブすが競争しようとした相手はそもそもWindowsなんかではなくて、いずれ出てくるであろうiTunes同業他社だった。iPodは携帯視聴端末として生まれた訳ですが、その追随を許さぬよう溝をあける戦略がいろいろある中で、非顧客層や未購入客をひきつける目に見える有効手段として、流行の新慣習を形成伝播させる戦略要素としてiPodのデザインが位置づけられていたと考えられます。
すでに動画向けのiPodおよび配信サービスが展開していますし、そのことは当初から予測されました。私は、ソニーがモニターが見にくく小さくならざるを得ない卵形のデザインで携帯デバイスを出したところで「勝負あった」と思いました。iPodのデザインは使い勝手にふさわしい型をそなえた様式美があり、それを差別化しようとする競合製品のデザインにデメリットが生じる、そういう意味でも考え抜かれた戦略的デザインと言えましょう。
市場規模が最終的に大きいことが必要条件、先行の仕方しだいで他社の追随を許さぬ形で競争から免れられることを十分条件とすれば、ブルー・オーシャンを切り拓くとは、このようなデザインのディテールにまで深慮遠謀が行き届かなければならない、ということは確かです。