「江戸の用語辞典」を読んで気づくこと(備忘録)(18) |
江戸人文研究会編 廣済堂出版刊 発
*今回も「[さ]から始まる言葉」のメモの続きでございます。
「[三助]さんすけ
[湯屋]におります『垢すり人(にん)』のことでございます」
三助の語源は、一説には、銭湯で『釜焚き』『湯加減の調整』『番台業務』の3役を助けた(兼務した)ことと言われる。
しかし、職能が「垢すり人」に専門化した後も三助と言われたのは何故だろうか。
私は、ゴロが良かったことと、「三◯◯」というと何かすべてが過不足なく整っているように受けとめてしまう感性が影響していると思う。
本項(18)では、そんな「三◯◯」を特集したい。
江戸初期までは垢すりサービスは「湯女(ゆな)」が提供していた。それが風俗業に変質していき幕府によって禁止され、代わって「三助」が担うようになった。
この時点で「三助」が「四助」にならなかった一つの理由は、『釜焚き』『湯加減の調整』『番台業務』の3役をしないで垢すりサービスに専門化した職能がすぐに確立したからではなかろうか。3役をうまくこなす男性が、女性含む客の肌に触れる垢すりも上手にするというのは人材育成としては効率的ではない。また、3役をうまくこなせるようになって初めて垢すりが許された、という徒弟制度的な様相があったとしたら、3役は歩合給を稼げる垢すりを許される立場になるための年季奉公という位置づけだったのだろうか。
勝手な当てずっぽうを述べたが、「三◯◯」という命名によって、「垢すり人」では抱きようがない、何か背景や成り立ちがありそうな印象を私たちが抱いてしまうことは確かだと思う。
「[三寸]さんずん
①舌先三寸で商売する『露天商』『的屋』[香具師(やし)]のことを申します。
②または、その気にさせるだけで銭を巻き上げる[遊女]、後家さんの商売を申します。助平をカモにするやり口で、床まで三寸のところで止められておしまい」
①は、言葉巧みに客を乗せる商売の典型を3つ意味することで、そうした商売の世界観みたいなものを捉えている。しかし、[三寸]というメタファーからはそれを読み取れない。あくまで「舌先三寸の商売」ということでしかない。
しかも「舌先三寸」という言葉もよく考えると不思議だ。
三寸とは約9センチで、口内に見えている舌の全部であって先ではないように思う。舌の先と言うなら、せいぜい一寸、約3センチではなかろうか。解剖学的に言うと舌の筋肉は喉方面に展開していて見えている舌は部分、つまり先ではあるが、そういう理解を要求している造語ではないだろう。
「舌先三寸」という言葉の意味は、「舌先」だけでほぼ全てを表現している。しかし、それでは世界観みたいなもの、あるいは過不足のない十全さが表現されない。そこで「三◯◯」が付加される。
先と来ているからそこには長さの単位が入るしかないが、「三分」約9ミリか「三寸」約9センチということになる。長さ的には前者の方が先にふさわしいが、「分」はお金の単位でもありかつ分けるという意味もある。長さの意味しかない「寸」、ちょっと「一寸」を連想させる「寸」の方がイメージ的にまとまりがよいと感じられ、「三寸」になったのではないか。
憶測をさらに続けると、「さんずん」であって「さんすん」ではないことにも着目したい。
舌先の長さの単位を言うだけならば、濁音化しない「さんすん」の方が「寸」と分かりやすい。しかし「さんずん」が定着した。
この定着には、ひょっとすると「三途の川」の「さんず」の連想が働いているのかも知れない。
『露天商』『的屋』[香具師(やし)]は、饒舌で客を乗せる側にも乗せられる側にも、買ってもらえるかもらえないか、買って得するか損するかといった乗るかそるか的状況がある。
一方、此岸(現世)と彼岸(あの世)を分ける境目にあるとされる「三途の川」にも、生死の間をさまよう人が渡ってしまうか、渡らずに帰ってくるかという乗るかそるか的状況がある。
また「三途の川」の由来は、一説には、「渡河方法に三種類あった」こととされる。善人は金銀七宝で作られた橋を渡り、軽い罪人は山水瀬と呼ばれる浅瀬を渡り、重い罪人は強深瀬あるいは江深淵と呼ばれる難所を渡る、とされていた。そして乗るかそるか的状況とは、饒舌で客を乗せる側も乗せられる側も、相手がいずれどの渡河方法をするタイプなのだろうかを問う状況でもある。
私の言っていることは当てずっぽうな関連づけでしかない。
しかし、当てずっぽうながらも関連づけられるのは、「三◯◯」の意味のネットワークのお陰なのである。
「[三白]さんぱく
江戸っ子の舌の好みを申します。
『白米』『豆腐』『大根』の三つの白い食べ物の味にうるさくて、欠かせないものでした。
これに『鯛』と『白魚』を加えて『五白]なんてのも申します」
「[さんぴん]
①[三番勤]や[小普請組]など『三両一人[扶持(ぶち)]のお侍のことで、今日に換算しますと、年収が三十万円と米六キロ(または三両一分で三十二万五千円)』ってところでございます。
②『三一』と書いて『さんぴん』と読みまして、[博打]でサイコロの目が、三と一の[丁]のことです」
「[三番勤]さんばんづとめ
三日に一日だけの勤務。ワークシェアでございます。
月に十日ほどしか仕事がないので、暇な時間を趣味や内職に費やしました」
「[三下]さんした
『三下奴』『三下野郎』とも申します。
[博徒]の下っ端でちんぴらのことをいいます」
「[三奉行]さんぶぎょう
[寺社奉行][町奉行][勘定奉行]のことを申します」
統治体制が過不足なく確立している感じが漂う。
「[三廻同心]さんまわりどうしん
[定廻同心][臨時廻同心][隠密廻同心]の三つの[同心]を申します」
警察体制が過不足なく確立している感じが漂う。
「[三役]さんやく
幕府の役職で武士を監視する[大目付][目付][奏者番]を申します」
監視体制が過不足なく確立している感じが漂う。
(参照:世界のダイナミズムを示す巴のいろいろ)
*次回は「[し]から始まる言葉」のメモでございます。