「江戸の用語辞典」を読んで気づくこと(備忘録)(6) |
江戸人文研究会編 廣済堂出版刊 発
*今回は「[う]から始まる言葉」についてのメモでございます。
「『浮世絵』
江戸中期に菱川師宣(ひしかわもろのぶ)によって版本の挿絵として作られたのが始まり(中略)。
浮世絵には『錦絵』[春画]『絵本』の種類がございます。
色刷りは鈴木春信の頃から始まり、十版以上も重ねられるようになりました。段々派手になり、値段もグンと跳ね上がりましたので、[享保の改革]で規制を受けます。(中略)女性は幼女のみ(中略)に定められました。
そのため、タイトルは『幼女』になり、女性を以前より小振りに書くことで『大人の女じゃないよ』ってことで描いたりしました。また、[火消]の浮世絵が『子供遊び』などと題されているのも、災害をテーマにした刷物の販売が禁止されていたからでございます。(中略)
浮世絵は絵師がひとりで作るものではなく、[版元]が企画して、『絵師』が描き、『版木職人』が[版木]を彫り、それを『刷り師』が刷るという何人もの手が必要でした」
1995年の篠田正浩監督映画『写楽』http://www.youtube.com/watch?v=WGBlbbQjcxcで、その企画総指揮・脚色も務めた故・フランキー堺氏が版元・蔦屋重三郎を好演している。
「野暮な御法度なんぞはしゃらくせいと江戸の男の心意気の名乗りだ!」と東洲斎写楽の命名をしたのが蔦屋であると映画では演じている。
蔦屋は、寛政の改革により風紀取締りが厳しくなると、寛政3年(1791年)には山東京伝の洒落本・黄表紙が摘発され重三郎は過料、京伝は手鎖50日という処罰を受けたという。
「浮世絵」について、私個人的には、前項(4)で触れた、着物が女体にまとわれた時に出現する、直線とも曲線ともつかない、両者が相反補足的に対立した様相を「いきの線分」と名づけて、それが「いき」の価値観が成熟する化政期以降の浮世絵において有意味に多用されることに着目している。
詳しくは「「浮世絵に見る江戸幻想の諸相」」http://www2.gol.com/users/cds/ukiyoe.pdfをご参照ください。
「[浮世双紙]うきよぞうし
『浮世草紙』とも書きます。[井原西鶴]が開拓した書物のジャンルで、浮世のことを題材にした小説でございます。
浮世とは、当世風、[好色]の世界のことでして、わかりやすく申しますと、最先端のファッション界です。つまり浮世双紙はファッション雑誌でございます」
「[浮名]うきな
浮いた噂、モテ話のことでございます。特に『[遊女]に本気で惚れられた』などの噂を申します。(中略)
『浮名を流す』は、遊女との仲や恋愛の噂が世間に広まることを申します」
浮世双紙も、版木で印刷した本、版本だった訳で、その挿絵から浮世絵が発生した経緯はしごく自然だった。
浮世双紙は、「浮名を流す」メディアにもなった。
このように「浮世」や「浮(うき)」が江戸社会の気分を象徴するキーワードとして展開していった。
今でもこうしたキーワード造語法は、英語のsmart由来の「スマート◯◯」などで健在だ。
「[請出]うけだし・うけだす
①[遊郭]から[遊女]を引き取ることを申します。(中略)
②借りたお金を払って、質草を返してもらうことを申します。[長屋]の庶民は、夏には[夜具]を質に入れ、冬には[蚊帳]を質に入れ、質屋を箪笥代わりに使うこともありました。半年ごとに請け出さなければなりませんので、得にはなりませんが、始終火事でどこかの町が燃えてますから、家に置いておくよりは安心したし、部屋が広く使えます」
庶民が持ち家をもついわゆる「持ち家志向」は、高度成長期の持ち家政策によって初めて普及した。
バブル崩壊後の長引く平成不況と雇用就労環境の悪化を経て、親と同居ではない新居をローンで買う人口は若い世代で激減している。逆に、世間体はどうであろうと自分は身の丈にあった借家でいい、という堅実な価値観が普及している。また今後は、福島原発事故の影響による東京一極集中の緩和や、日本全体の人口減少や単身生活者の拡大などから家余り、つまりは賃貸物件の低廉化が予測され、そうした傾向はさらに助長されよう。
ちなみに非婚化・晩婚化も進む現代の日本は、男性人口過多と貧困とから独身男性が多かった江戸社会と似通った様相が特に都市部で顕著化してきている。それはリアルなライフスタイルとヴァーチャルな夢想生活の両面においてであって、下流社会と言われる階層ほど「モノを所有せず利用して、時間消費型の消費生活を送る」江戸社会的な様相が確実に色濃くなってきている。
(参照:「人口減少社会日本、行動はストレートに脳が最大限に満足する方向に向かっている」http://cds190.exblog.jp/373753)
欧米の高級ブランドのブームは、バブル期よりもバブル崩壊後の長引く平成不況において盛り上がった。直営店が日本の主要都市や主要界隈に林立したのもこの時期である。
注目すべきは、これも「モノを所有せず利用して、時間消費型の消費生活を送る」江戸社会的な様相と言えることだ。
ブームがキャバクラ嬢や援助交際する女子高生にまで展開したこと、つまりブランド品の意味が転換したこと。そして、コメ兵やネット・オークションが全国ネットワークで捉えたようなリユース市場=リレー・マーケットが拡大したことを指摘できる。
バブル期以前は、欧州旅行に行った証でもあったルイビトンやグッチのそれと分る一点を一生物として買った人たちが多かった。つまり、自分が属する、あるいは属すると見せたい経済階層を誇示した訳だ。それが、話題の新作を競って早く買い流行の先端を行っていることを誇りその役目を終えれば売るという人たちが多くなっていく。競い合っている者同士はそれと分るが、関心のない私などには知らないブランドの方が多くなり、私でもルイビトンやグッチと分る印が無くなったり目立たなくなったりした。誇示しているのは自分が属する、あるいは属すると見せたい流行キャッチアップ階層であり、しかもそれはそれを気にして競う者たちだけの話題となっている。これも極めて江戸社会的な様相だ。
こうしたパラダイム転換は、じつは私のような中高年の世代を含む企業社会の老若男女のビジネスパーソンにも展開している。
自分が属する、あるいは属すると見せたいのは経済階層ではない。たとえば業界大手に正社員として勤めているとしても、立場は終身雇用の時代のように安定していないし、リストラに応じないことと引換えに安い給料と小さな権限を甘受している人々も多い。勢い自分が属する、あるいは属すると見せたいのは、エキスパートとして評価される先端キャッチアップ階層となる。
「[請人]うけにん
保証人のことを申します。今日では保証人は金銭的な保証だけをしますが、当時は刑罰や命までかけましたので、容易いことではございません」
現在は、借金の保証人にだけはなるな、とよく言われるように金銭的な保証だけのようだが、よく見るとそうではない。
たとえば、成人した大学生が不祥事を起こすと大学関係者が記者会見を開いて謝罪したりする。あれは、大学が[請人]になっているということと解釈できる。大学は、学生のプライベートライフまで監督する義務はないしそもそもそんなことは不可能だからだ。
「[空蝉]うつせみ
①この世に生きる人、この世のことを申します。
②空蝉という遊女が始めた髪型でございます」
じつに意味深な言葉だ。
そんな源氏名の遊女を相手にして楽しかったのだろうか。
「[埋もれ木]うもれぎ
山中に埋まった半化石状の古木のことでございます。珍重されまして高値で取引されました。
どこに埋もれているかはわかりませんで、これを探す連中を『山師』と呼びます」
「山師」は、明治初期には鉱脈や油井を掘り当てる者を言っていたが、江戸の埋もれ木探しに由来していたのか。
「『裏長屋』
庶民の住む横町式の[長屋]のことを申します。
庶民は江戸の人口百万の半分くらいを占めながら、江戸市中の二割程度の狭い土地に暮らしておりましたので、おのずとスペースもコンパクトでございます。(中略)
壁は五〜六センチの厚みの粗末な土壁でして、すぐに崩れるものですから、住人が紙などを貼って繕うのが一般的です。(中略)
当然ながらガラスなんてものはありません。入り口は[腰板障子]で、奥は障子戸です。[へっつい]の上の窓は[連子窓]で網戸なぞもありません。ですから、夏は[蚊帳]がないと、おちおち眠れません。
それでも窓があれば良い方でして、入り口以外に風の通り道のないのもありました。もちろん暑いですし、湿気も料理の煙もこもります」
長屋は共同トイレなのだが、「中には、二階建て、三間に二畳の台所、専用のトイレ付きなんて豪華な物件もありました」「二階建て、物干付きもあった」とある。
いつの時代も賃貸住宅はピンからキリまである。
現代では「ネットカフェ」のような時間貸しの宿泊可能な個室があり、そこにはコイン式シャワーも完備している。パソコンがあって漫画があって趣味的な情報生活は完璧にこなせる。
そこを根城にする人々を「ネットカフェ難民」と差別的な呼び方をするが、都市部の単身生活者としてはきわめて合理的なライフスタイルの人々である。食べ物はコンビニで買うかファミレスで長居しながら食べればいい。洗濯はコインランドリーを利用する。今は、夏に冬物のコートなどを預かってくれる洗濯屋もある。なんら所帯道具を持たず、掃除も皿洗いもしなくていいというメリットもあり、江戸時代の窓のない長屋に住んだ下流階層に比べればまさに天国だ。
つまり、いまマスコミから難民と一方的に名づけられた人たちの生活は、江戸社会の下流ライフスタイルを、何も持たない気軽さと気侭な移動性という本質を温存しつつさらに高質化・高付加価値化したものとなっているのだ。
画一的にワンルームマンションなぞと比べるから表面的に貧しいと感じる。しかし、ライフスタイルの実質的価値は生活者自身のこだわりに照らすべしと本質的に検討するならば、定職を持たない単身生活者ならではの特権を細大漏らさず満喫するモバイル生活を実現しているとも言える。
江戸社会の様相を、現代社会の様相に照らすことで、現状の構造や可能性をじつに多様な見方で見ることができる。
「[裏店]うらだな
①『店(たな)』とは借家のことを申します。一般的に[表店]三〜五軒の間に[木戸]がありまして、そこから幅六尺(約1.8メートル)の路地が奥へず〜っと通っております。(中略)
路地に面して左右に[裏長屋]がならんでおりまして、これを裏店と申します。
アパートではありますが、ここで商売する方もおりますので、木戸の周りには看板がびっしり掛けてありました。木戸は夜八ツ(午前二時頃)に施錠しましたが、昼間は誰が入ってもかまいません。トイレ、井戸も自由に使えました。
②裏長屋での商売を申します。僅かに品物を並べる商売から、[音曲]の師匠、[いちっ子](筆者注:女性占い師)や[居職]などなど、路地裏でも様々な商売が商われておりました」
現代の共同住宅のビルでも一階の道路に面したところが店舗群、その間にマンションのエレベーターホールへの入り口がある形式をよく見かけるが、そうした垂直軸を水平軸に平面展開したような形式だ。マンション各戸の使い勝手がさまざまでオフィスや各種サービス店舗があることも同じだ。
ただ大きな相違点がある。
それは、「昼間は誰が入ってもかまいません。トイレ、井戸も自由に使えました」というオープンなコミュニティ性である。
この江戸社会の裏長屋の有りようは、全国に蔓延してしまったシャッター商店街を、職住近接集住エリアとして、かつ昼間、アーケードから一般市民が自由に出入りできるコミュニティスペースを含む形式で再開発する、そんなアイデアに繋がると思う。
「[瓜実顔]うりざねがお
瓜の種のように、白くて細面の顔形を申します。これに鼻筋が通ってますのが江戸美人の典型ですな」
フィギアスケートの真央ちゃん、がこれだと思う。
以前、民放番組で占いの細木数子さんが、どちらかと言えば丸顔にもかかわらず自分が瓜実顔だとドヤ顔で言っているのを見掛けた。細木さんと言えば、あの安岡正篤氏から易を指南された確かな方だから、私は、瓜にもいろいろあって丸い瓜もあるからなあと思ってしまった。
しかし、瓜ではなくて、細長い瓜の種の形のような顔を言うのだ。
テレビでそれなりの人に自信をもって言われるとまず疑わない、これは反省しなくてはならぬ。
「[浮気・艶気]うわき
江戸時代の浮気とは、ズバリ『恋愛』のことを申します。
当時、ロマンチックなことは『浮いた気持ち』と考えられ、あまり良しとはされませんでした。では『恋愛は結婚につながらないのか』と、申しますと・・・・武士や中流以上のご家庭では、基本的につながりませんでした。結婚は親などが決めるお見合いが基本でしたから。
しかし、[長屋]の住人は、恋愛結婚も普通でございました」
親が決めてしまう見合い結婚は戦前まで多かった。
現代では、見合いをしての結婚はまだあるが、親の意向に本人が従うというのはほぼ皆無だろう。
しかし、結婚が成立する大枠が「経済的条件のマッチング」である、と捉えれば江戸の武士や中流以上の家庭と、現代の本人同士、たとえば高給取りだけを集めた会員制お見合いクラブの参加者などとはほとんど同じ精神構造だ。
江戸社会において恋愛結婚が普通だった[長屋]の住人も、経済的条件を考えなかった訳ではないが、必ずしもその「マッチング」を厳格な必要条件とはしなかった。現代でも、そういう結婚に至る本人同士は数多にいる。
前者の本人同士とどこで一線が画されるのかというと、
それは後者の本人同士が、
①経済活動以外の活動を優先していること
②その活動ないし活動の主旨が一致していること
③以上によって生活信条や人生観が重なり共感しうること
なのだと思い当たる。
統計がある訳ではないが、このような条件を満たして恋愛関係にある若い男女は増えているのではなかろうか。それが結婚に繋がるかどうか、結婚して子供を作るかどうか、それはいろいろだろう。しかし、このような条件を満たすライフスタイルを温存していく可能性は高い。
こだわりの活動は、芸能や芸術や各種クリエイティブのような「天職命」かも知れないし、ファンチームのスポーツ観戦やスキューバダイビングやコスプレのような「趣味命」かも知れない。とにかく経済活動以外の自分のこだわりの活動に生活や人生の重心を置く人々の増加はすでに始まっている。
まず自分のこだわりの活動に邁進する、その上で経済活動との折り合いをどう着けて行くか、そこで結婚するしないや、するならどういう結婚をするかがはじめて問われる、そういう順序になってきているように思う。
まず横並び画一的な生産消費活動があって、その残りの時間と資源でこだわりの活動をする、という捉え方がずっとメジャーではあろうが、かつてのように庶民なら誰もが絶対にそうだというほど全体的ではなくなってきている。
これは特にサブカルチャーのメッカの周辺都市部で顕著な傾向であり、そうした傾向が肌に合う若者が全国から集まっていることもあり、そうしたエリアには都市江戸の独身文化の様相が、男女共同参画型で現代的に再生しているように私は感じてしまう。
*次回は「[え]から始まる言葉」についてのメモでございます。