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カテゴリ:■日本文化論からの発想  

  • 日本人には当たり前のことに外国人が認める特異性(2)
    [ 2012-03-29 18:19 ]
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日本人には当たり前のことに外国人が認める特異性(2)  

2012年 03月 29日
「日本人の知らない日本語3」蛇蔵&海野凪子著 メディアファクトリー刊 発



文字や言葉の創出について


「漢字は中国から伝わったものですが、日本で作られた漢字『国字(和字)』もあります。
 奈良時代からすでに使用されていたとみられ、現存する最古の緩和辞典『新撰字鏡』(平安時代初期)には約四百の国字が載っているそうです。
 常用漢字表にある国字は全部で八字(働匁塀峠搾枠畑込)ですが、魚の名前や花の名前などにもたくさんの国字が使われていますし、私のペンネームに使っている『凪』も国字です。

 古くから使われている国字としては『峠・辻・などがあり、また江戸時代後期に作られた『膵(スイ)・腺(セン)』などは中国で使われることもあります」

「中国人学習者にとって国字はとてもおもしろいものらしく、時々私に問題をだしてきたりします。
 『凩(こがらし)』『俤(おもかげ)』などはよく見かけるのですぐに答えられますが、『呎(フィート)』『糎(センチメートル)』など近代文学の小説に出てきそうなものだと慌ててしまいます」

「授業の後 学生に質問されました
 『人々』などに使う『々』って これひとつでは 何と読むんですか?
 
 読み方はありません
 読み方のない漢字が?

 正式には漢字でもありません 『々』はおどり字と言って 繰り返しを表す記号です」

「読み方がわからないと言えば、『一ヶ月』『一ヶ』などに使われる”ヶ”も不思議です
 カタカナのケなのになぜ『ケ』と読まずに『か』や『こ』?

 あれはカタカナではなく 漢字の略字なんです
 一箇月→一ヶ月
 一个→一ヶ

 『个』は中国では数える時につかいます!!

 その漢字が日本に来た時、『一个』?なんだこりゃ 
 『ケ』か?ナナメになったケだな?
 ”一個”より書くのも楽でいいな
 このようにカタカナとの混合が広まったといわれています

 『々』は漢字
 『ケ』はカタカナ
 だと思っていました・・・・」

「『弗』が漢字だと知った時の衝撃を思い出します

 『弗』は日本にドルが入ってきた頃
  ”$マークに似ている”という理由だけで当て字に採用された漢字ですから

 そんな理由でいいなら温泉マークも漢字に入れてあげたらと思います
 賛成の人
 はい

 いやここで決めても」
 
中国人が面白がるのは、漢字を創り出すという行為とその成果が珍しいからだろう。

ちょうど中華料理を古来、定番料理として味わってきた中国人が、ラーメンなどの日本化した新型中華料理を面白がったり味わったりすることと似ている。
本歌をそのまま歌うのではなく、本歌取りした新たな歌につくりかえる、そんな発想思考パターンは、日本人には古来当たり前だが、外国人にはユニークなのだと思う。

「和製英語」も同様の発想思考パターンの成果と言える。
たとえば、night gameのことを「ナイター」と言うが、double header=「ダブルヘッダー」と韻を踏んだ命名だろうか。
「ナイトゲーム中継」「ナイトゲーム見ながらビール」というと語感が締まらないが「ナイター中継」「ナイター見ながらビール」というと七五調的に座りがいい感じがしないでもない。そういう慣用的な言葉遣いのスッキリ感があると新型造語は定着していくのかも知れない。


ちょっとした庶民のデザイン志向について


「中国人が日本で初めて見たもの お弁当
 芸術作品みたい」

と周女史が感激したのは、タコのソーセージや兎のリンゴの入ったお母さんが子供につくったふつうの弁当だ。
その発展形である「キャラ弁」に至っては感激を越えて驚愕するのではなかろうか。

日本人が面白いのは、そういう庶民文化が発生するとすぐにそのノウハウ本が出版されたりそれ用の道具が商品化されることだ。ソーセージをいろんな動物などにカットするカッターなどが工夫される。
そして、そもそもはアマチュアのオタクが、その道のプロとしてブームを先導していき、その時にはファンの裾野からマニアを経てプロを頂点とする一つのピラミッド型の市場を形成していることだ。

そういう生活文化の創造ダイナミズムはいろんな物事で起こってきた。
たとえば、ケータイその他の身の回りの物をデコレーションするデコ◯◯。
それのネイル版のデコネイル。ネイルサロンはアメリカ由来だが、それがデコ化して普及するのは日本化と言えるのかも知れない。


言葉の性差や役割語について


「も〜!!だいたい日本語は性別で言葉が違い過ぎ!!

 確かに日本語ほど性差のある言葉は世界でも珍しいといわれているけど」

「日本語学校では基本的に男女差がない言葉を教えます。
 ただ、いわゆる『男言葉』や『女言葉』は教科書にも出てくるし、普段から耳にしていると思うので、自分はあまり使わなくても会話を聞いたり読んだりすれば『今、女性が話しているんだな』『これは男性のセリフだ』と判断できる学習者が多いと思います(もちろん自分でも使える学生はいます)。
 
 しかし最近は『〜だわ』『〜のよ』という語尾が教科書に出てくると、学生から『こんな言葉を使っている女の人はほとんどいません』と言われます。(中略)

 日本語が変わっていくことを『日本語の乱れ』として嘆く人も多いのですが、社会が変われば言葉が変わるのも当然なのかもしれないと思います。今の変化も数十年後に見た時『このようにして言葉の意味が変わったのか』とか『この頃はこういう言い方をしていたんだな』と思えるのではないでしょうか」

「男言葉」「女言葉」があること、そして特定の階層に属することを示す独特な言葉遣いがあること(たとえばヤクザや商人が言う「手前」「手前ども」)などは日本語独特だ。
そしてその変遷から、男女関係の変化や、階層や階層関係の変化を知ることができる。

総じて言えることは、言葉遣いによって、話者が属する<世間>と相手との関係性を表現しているということだと思う。
たとえば壷振りお龍は、「女言葉」と「ヤクザ言葉」を使うことで、女×博徒の<世間>に属していることを表現し、かつ「◯◯親分とお見受けします。手前、・・・」と言うことで、流れ者の身として相手に謙っていることを表現する。尊敬語や謙譲語との兼ね合いも出てくる。

日本語はそういうことを常に表現し続けているということは、日本人は命題そのものよりも人間関係の文脈に常にこだわっている、ということなのだろう。
表現する人間関係の文脈が歓迎される場合、表現する命題も受け入れられやすい。
あるいは表現する人間関係の文脈が歓迎されない場合、表現する命題そのものがたとえ賛成でも受け入れにくい。
日本人にとってはそういうことが起こりやすいのかも知れない。
たとえば、根回し、というコミュニケーション手法が成熟したのも、先に人間関係の文脈の表現調整をする習慣とその有効性があったのだろう。
また、たとえ正論でも「あいつにだけは言われたくない」「あいつの言うことは聞く気がしない」と当たり前のように平気で言う人がいるが、了見の狭さが公的に許されているの観がある。

最近、話題のAIJのトップが国会参考人招致で、「報告書の水増しはしたが、騙すつもりは無かった」と胸をはって言い放った。
これは命題として矛盾しているが、それを矛盾と看做さない人間関係ないし<世間>に彼は属していて、たとえ国会においても自分はそれに守られているつもりなのだろう。
しかし日本以外での議会発言であれば、即刻、問題発言として糾弾されるか、頭がおかしい人と看做されるに違いない。


「マンガの中に出てくるキャラクターの話し方
 私は中国人アル これ食べるヨロシ
 ワシは博士じゃ なんでも知っておる

 そんな話し方している人 実際に見たことない
 と思ったことはありませんか?

 このように特定のキャラクターに結びついた特徴ある言葉づかいを
 私(金水敏阪大教授)は『役割語』と呼んでいます

 なぜ中国人は『〜アル』と話すのか?
 実際にそう話していた人がいたからです
 江戸末期〜明治 外国人が突然増えた時代
 『とりあえず通じればいい』カンタン日本語を考えてみた!!

 〜です います あります → アリマス
 〜ですか? いますか? ありますか? → アリマスカ?
 もうこれでいいよ!!
 このように生まれた『外国人のための日本語』のひとつが
 中国人の言葉づかいのイメージとして伝わっていったようです
 実際は中国人に限らず使われていたと思われます」

「外国人のための日本語」なるものを自ら創出してしまった日本人はとてもユニークだ。
差別したり排除せず歓迎する余所者に対しては日本人はとても寛容であり、その寛容さがこうした発想を生んでいる。

よく「世界共通語としての英語」を身につけようという人は多い。
これに対して、「外国人のための日本語」は、「非英語国民のための英語」を創ろうという発想に通じる。
「世界共通語としての英語」とは言うものの、実際の国際的な公の場では英語のネイティブスピーカーがそれぞれの母語をいつも通りに話していて、非英語国民がそれぞれに学んだ英語を話してそれに対応している。
もし、常用漢字のように、常用英語の単語や慣用句を限定しおいて、それに場の話題に応じた専門用語を加えて英語ネイティブも非英語国民もそれだけで済ませられる話はそれで済ます、という約束にすれば、それこそが合理的に標準化された「世界共通語としての英語」になる。
差別したり排除せず歓迎する余所者への寛容性、それを土台にした「外国人のための日本語」の発想を推し進めていくとそういう発想になると思うのだが、いかがだろうか。

「なぜ博士は『〜じゃ』と話すのか?(中略)
 博士語は部分的じゃが 今の関西弁に似とるんじゃよ

 ではなぜ 『関西風に話す人』=『博士・偉い人』なのでしょうか?
 話は江戸初期にさかのぼります 
 今までずっと文化の中心は関西だった(中略)
 伝統を大切にする人=多くは年寄り・知識人=関西風に話す
 という時代が確かにあり 歌舞伎のセリフに生かされ
 役割語として生き残っているのです」

ということなのじゃ。

この『◯◯風に話す人』=『その道の専門家・権威』的な言葉遣いは、大なり小なり古今東西あったのだと思うのだが、役割語や外来語が豊富な日本語では、また属する<世間>や相手との人間関係にこだわり続ける日本人の対話においては特に著しいのではないかと思う。

たとえば、
マーケティング関係やIT関係のエキスパートはいきおい専門用語のカタカナ英語が多くなる。
弁護士や検事や警察官はいきおい法律用語の漢語が多くなる。
ファッション関係やエンターテイメント関係のエキスパートはいきおい話題の外来語や新造語が多くなる。
これだけなら日本に限ったことではない。
これに、
専門用語とは言えない、日本語でも言える筈のカタカナ英語の業界言葉が加わる。
たとえば、コラボする(恊働する)、リンクする(連携する)、メリット(利点)、デメリット(不利な点)などなど。
あるいは、
普通に言える言葉を使わず杓子定規な日本語が加わる。
たとえば、本件では(この件では)、本事案では(この事では)、本官は(私は)などなど。
あるいは、
なんでもかんでも今流行っている言葉にする。
たとえば、・・う〜ん古い言葉しか浮かばない、、
ということで、死語になったナウいにいま相当する言葉、盛りを過ぎたチョーにいま相当する言葉、同じくマジにいま相当する言葉、同じくガチにいま相当する言葉などなど。

要は、話している内容=命題ではなくて、どのような言葉遣いで命題を語るかで、話者が属する<世間>や人間関係での立ち位置・役割が常に表現されている、ということに注目してほしい。
立ち位置には、流行に遅れていないことなども含まれ、役割には、その場での話題の進行役なども含まれる。
こうしたことは私たち日本人にとっては当たり前のことだが、外国人からは特異性が認められる。

外国映画を見て登場人物の発話とその字幕の日本語を照らせば分るが、外国人の話者が属する階層や人間関係での立ち位置は、何より語っている命題が表現していて、微妙なニュアンスは語りの語気とノンバーバルな視線や姿勢や振る舞いが表現している。一方、字幕の日本語はその言葉遣いでそれらすべてを含意し表現している。
よく日本語への翻訳が大変だと言うのは、字幕の日本語は外国語の対話そのものが含意していない内容までを含意させなくては、日本人が臨場感をしっくり感じ取れる日本語としての対話にならないためと言えよう。









by cds190 | 2012-03-29 18:19 | ■日本文化論からの発想

日本人には当たり前のことに外国人が認める特異性(1)  

2012年 03月 26日
「日本人の知らない日本語3」蛇蔵&海野凪子著 メディアファクトリー刊 発



季節的な儀礼生活の創出について


「例えば春のお花見。桜が開花するとニュースになり、見頃が新聞にも載ります。(中略)
 学生に『桜はきれいだと思いますが、新聞に載っているのはちょっとびっくりしますね』と言われると、花の様子を毎日新聞に載せるのは日本だけかも知れないと思います」

「夏の終わりに虫の音が聞こえたりすると『ああもう夏も終わりなんだな』と、ものさびしい気分になったりします。私の家は毎年知り合いから鈴虫をもらうのですが、そのことを学生に話すと驚かれたり気持ち悪がられたりしました」

中国にもコオロギを飼う習慣が古くからあるが、それは戦わせるためで、虫の音を味わう、ということではない。
「闘蟋(とうしつ)」と言って、コオロギの雄同士を闘わせる。ひと秋をかけて虫王(チャンピオン)を決める遊びで、飼い主たちは戦士の育成に金と時間と知識を注ぎ、熱中のあまり家屋敷を失っ た者、過去には国を滅ぼした者すらいたという。
自然を味わう風流とは無縁で、むしろ「闘鶏」などと同様、自然を飼い馴らす志向と言える。


「バレンタイン・デーやハロウィン、クリスマスなど、外国から入ってきた行事もたくさんあります。キリスト教徒の学生から『なぜ日本でクリスマスはこんなに人気がありますか?キリスト教徒は少ないと思いますが』とよく言われますが、何かと『季節』を意識する日本人にとっては、年中行事は多ければ多いほどいいものなのかなと思います」

日本人の根底には<部族人的な心性>があり、森羅万象に八百万の神を見出すアニミズムが働いている。
それが有史以来、<社会人的な心性>に展開していき、神仏習合や道教その他の儀礼も取り入れる多神教的様相を呈してきた。
ただし、庶民レベルでは教義が混淆して理解されてきた訳ではなく、アニミズムの季節展開においてイベントとして導入されてきたの観が強い。

<部族人的な心性>の特徴として、自他の未分化性、人間と自然の未分化性、自然と人工の未分化性、人間と人工の未分化性、そして言霊信仰がある。
そこでは、アニミズムとフェチシズムが同居し、さらに呪術性が同居する。

庶民の生活文化としては、クリスマスは、キリストがどうこうしたという由緒とは無関係に、プレゼントを贈ったりもらったりして好きな異性と親密になる呪術性が機能する時空としての意味をもつ。その構造は、そのままバレンタインデーやホワイトデーに展開している。
こうした外来の儀礼や新規の儀礼をどんどん生活に取り入れてきたことは、日本人の発想思考の特徴と言える。
それは、教義や由緒=<知>は添え物というかネタでしかなく、バレンタインデーの義理チョコなどが典型だが、特段の<意>をもって臨む人ばかりではない大衆イベントであることから、集団ないし大衆による<情>起点の発想思考でありそれが定着させた習慣と言える。



日本人の対外国人態度について


外国人が日本語で日本人に話しかけても、「ノー!! 英語できません!!」と逃げてしまう人が多いという。そこで、
「外国人に朗報!! 在日20年のオーストラリア人が生み出した『日本人に逃げられない話し方』
 いきなり話しかけず、頭に『え〜っとね』をつけるだけ!!」

会話には、それを一 緒につくりあげ ていくための仕組み、 「 交話的( phatic) 」な構造がある。
私たちが日頃行っている会話は、かわるがわる話し手が交替してそれを繰 り返して進んでいく。相手が話しているときには相手の話を黙って聞き、自分がかわって話し手となるときには相手が話を黙って聞いてくれる。会話に参加している参加者が何人でも、原則としては一度に話すのは一人で、複数 の話し手が同時に話し続けたりすることはあまりないこととされている( 「会話の話者交替システム」)。
そこには「話者交替ルール」が働いていて、「え〜っとね」は、発した者が発話する順番(ターン)となり、発せられた者は聞かねばならない、交話的言語である。
例えば家を出るときの「いってきます」「いってらっしゃい」、電話口の「もしもし」 なども交話的言語、言語内容にそのものに意味はない。こうしたその場にコミュニケーションが立ち上がったことを示す言語の往還を「交話的コミュニケーション」と呼ぶ。

「え〜っとね」は、外国人に話しかけられた日本人がたじろぎながらも何か話そうとする、その機先を制する効果があるという点で、「割り込み発話」のニュアンスが強い。

会話分析では、日本語の割り込み発話は、
1 )早めの発話開始、
2 )ターン取りのための割り込み発話、
3 )差しはさみ、
4 )働きかけの割り込み発話、
5 )ターンの重なり、
という5種類に分類される。
「え〜っとね」は、1 )と言えよう。

英語であれば「Excuse me」、日本語でも「すみませんが」と謝りながら話しかければいい。これは謝意を込めた意味ある言葉であって、意味のない交話的言語ではない。
しかし、こと青い目の金髪の外人、たとえ英語を話せないロシア人に「すみませんが」と言われても、「アイアムソーリー、アイキャント、スピークイングリッシュ」と逃げてしまう日本人が多いという。
そうした外国人の悩みには、まったく意味のない単に自分に発話権を生じさせ、相手に話を聞かせる交話的言語を用いるのが解決策という訳だ。

しかし、ここで微妙な事態に気づく。
外国語にも交話的言語はあるが、もし外国人が見ず知らずの人から唐突に交話的言語で1 )早めの発話開始をされたら、どうだろう。間違いなく、変な奴だと思う筈だ。なぜなら日本人同士でもそうだからだ。
つまり私は、外国人に「え〜っとね」と唐突に話しかけられて違和感なく応じる日本人の対外国人態度に特異性を感じるのだ。

そうした事態を可能にしているのは、
<内>のルールから外れたことでも(差別や排除をしない)余所者がする分には許される
ということか、
それとも(差別や排除をしない)余所者との遭遇場面は<内><外>の融合した<異界との重なり領域>になり<内>のルールが働かない
ということなのではあるまいか。

私は両方の可能性ともに、来訪神や遠来の来訪者を寛容に歓迎する<部族人的な心性>の名残ではないか、と感じている。



場の構造を決定している空間軸/時間軸について


面接のマナーでは、会場にノックをして入る際、ドアを後ろ手で閉めるのはマナー違反なのだそうだ。
「正しくは右手でドアを開けたら 
 ノブを左手に持ちかえて閉めます」

これは、日本家屋における武家の礼儀作法、襖の膝をついての開け閉めに由来していると思われる。

欧米や中国の王との謁見では、臣下は王にお尻を向けないようにして退かねばならない。
少なくとも数歩は王に正対したまま後ずさりする。
襖の膝をついての開け閉めをしての退出においても、上位者にお尻を向けぬよう気を配る。
しかしこれをドアの開け閉めに応用すると、室内にいる上位者にお尻を向けないようにすると、ドアを後ろ手で閉めることになり、それはマナー違反だというのだ。
おそらく外国人がこれをしやすいのは、上位者に下位者は正対すべしうというマナー、つまりは空間軸へのこだわりがあるからではなかろうか。

では、「右手でドアを開けたらノブを左手に持ちかえて閉める」のを正しいマナーとし、結果的にお尻を室内の上位者に向けてしまう日本人は、何を優先的にこだわっているのだろうか。

私は、「敷居を踏んではいけない」「畳の縁を踏んではいけない」というマナーと同根ではないかと思っている。
つまり、「結界性」を重んじている。
どう重んじるかというと、結界を越えるときに、気持ちを改めるのだ。
入る時は、<外>の気持ちを<内>にもち込まず、
出る時は、<内>の気持ちを<外>にもち出さず。
だから、「結界性」とは、物理的には空間軸なのだが、精神的には時間軸なのだ。
日本人は、お尻を偉い人に向ける向けないといった低コンテクストな空間軸へのこだわりよりも、自らの気持ちを改める「結界性」、つまりは「通過儀礼」という高コンテクストな時間軸へのこだわりを優先していると言えまいか。

こうした「結界性」=「通過儀礼」は、柔道家が道場に出入りする時や、力士が土俵に出入りする時にもある。
日本人同士がお辞儀をし合うのも、中国古来の礼とは違う意味合いがあるように思う。
中国の礼では、一方がしてそれに呼応して他方がする、それによって身分の上下を了解し合うのが典型的な形式だ。
一方、現代の日本人の庶民同士がお辞儀をし合うのは、基本、同時であって、お辞儀をしてお互いの交流や試合が始まり、お辞儀をしてそれらが終わる。
つまり、日本人のお辞儀とは、場の出現と解消を了解し合う意味合いが強い、と解釈できまいか。

中国の皇帝は腹心の臣下に急用がある時、免礼!と言ってお辞儀を省略させ、自ら駆け寄って手を取ったりしてしまう。
日本の天皇や将軍がそうした振る舞いを軽々しくしたとは考えにくい。近う寄れ!もそっと、もそっと、などと近づけたが、そこには気持ちの変化を本質とする精神的な「結界性」が厳然とありそれを通過させること、あるいは通過することはなかったのではないか。


日本人の電話の交話的言語にも、気持ちの変化を本質とする精神的な「結界性」がある。
もしもし、で始まるのは外国人も同じだが、では失礼します、と切るのは日本人独特で、電話口でお辞儀までしている。
その電話を切り合う呼吸が相手と合った感じで受話器をおくと、私たちはすっきりした感じがする。
外国人と電話していつも違和感を覚えるのは、特に欧米人が要件が済んだらスッと切ることだ。
彼らが交話的言語を言ったとしてもbye bye nowくらいで、相手にはその気はないのだろうがこちらとしてはどこかそっけなく感じてしまう。
暖簾をくぐって入った飲み屋で長居してしまい、閉店です、と追い出された時に、暖簾の外された玄関を出るような締まらない気分とでも言おうか。

日本人同士が電話を終える際に、電話口でお辞儀までして身体的な呼吸なり間合いを合わせているのは、相撲の「立会い」にとても似ている感じがする。
両力士が、互いの呼吸で立ち上がる瞬間、これが「立合い」だが、「阿吽の呼吸」が理想とされる。息を吸い込んだときに力が入るので両力士が息を吐き、つぎに八分目ほど息を吸い込んでとめ、その瞬間に立つのが理想とされている。これを「阿吽の呼吸」という。

お辞儀のし合いと挨拶、相撲の相対して踏む四股と立会いによってある場が生ずるとして、日本人はその場を人間を越えた何かから贈与されていると無意識的に受け止めているように思う。
お辞儀も四股もその人間を越えた何かにしている側面がある。
それは、中国人が想定する天や天意ではなく、もっとアニミズム的なあるいは呪術的な何かである。
ちなみに四股を踏むのは邪気払いの儀式とされている。
日本人同士がしあうお辞儀にも、邪心のないことを人間を越える何かに示すことで、お互いが警戒心を解ける場が出現する、そういう<部族人的な心性>による相互了解が働いてきたのかも知れない。



プロセニアムのない演劇空間について


英語落語を海外公演している桂かい枝さんの話は面白い。
「誰かが登場する場面で、『おおっ、よく来た、よく来た』」と手招きをしてみせると、
観客は「後ろを見る」。
「『いいからお前、こっちに上がりなさい』と演技で手まねくと、
 舞台に上がってきてしまう」。

欧米の演劇では、ステージがあって、ステージにはプロセニアムというフレームがある。
このフレームは、観客席側の現実の世界と舞台側の非現実の世界の境界をなしている。
この境界は、二つの世界の絶対的な意味の異なりを象徴している。

前述の英語落語を初めて聴く外国人の反応は、落語がプロセニアムを前提にせず上手下手の疑似世間を仮想する語り芸であることが影響してか、あるいは海外公演をプロセニアムのない即席会場ですることが影響してか、落語の一人語り芸をちょうどボードビリアンの話芸のように現実の世界のこととして受け止めてしまっている。ちなみにダウンタウンのボードビリアンのステージは、プロセニアムがなく観客が食事を取りながら呼応するフロアとの段差だけで構成されている。

一方、歌舞伎の舞台には花道があって、観客席側の世界と舞台側の世界を融合している。
つまり、日本の舞台はプロセニアムがなく、境界性が融通無碍なのである。
大向こうからかかる声が役者の演技と一体化したり、旅回りの小屋であれば観客がおひねりを投げたり役者が受け取ったりする。
言ってみれば、舞台と客席が一体化してそこが現実世界と非現実世界の境界領域、<異界との重なり領域>を現出させていると言える。

落語は、もともとはお寺のお坊さんが分りやすく説法してみせたのが始まりで、高座とはお坊さんの座るところのことだった。
当然ここにはプロセニアムはない。高座の上も下も仏の世界なのだ。


こうした欧米の演劇の時空vs日本の演劇の時空の対照には、
エドワード・T・ホールが指摘した、以下のような<モノクロニックな民族>と<ポリクロニックな民族>の対比がそのまま重なる。

<モノクロニックな民族>       <ポリクロニックな民族>

●一回にひとつの課題に取り組む    ●同時に多くの事をする
●業務に集中する           ●中断に対し柔軟で、
                    注意をされてもよく耐えられる
●低いコンテクスト(単純な文脈)   ●高いコンテクスト(複雑な文脈)
 で、情報を必要とする         で、情報の蓄えがある

●仕事を完了することにかけている   ●人々と人間関係に傾倒している
●計画に対して宗教的に執着する    ●たびたびかつ簡単に計画を変える
●短期的関係に慣れている       ●生涯をかけた関係を結びたがる
●きちょうめんである         ●せっかちだが、よく働く

詳しくは
「私たちが無自覚でいる『日本型』の構造 その2=<モノクロニック>と<ポリクロニック>」
 http://cds190.exblog.jp/255178/
を参照してほしい。

また同時に、欧米の演劇の時空vs日本の演劇の時空の対照には、
私の提唱してきた以下のような<メッセージング>と<ルーミング>の対比がそのまま重なる。

<メッセージング>          <ルーミング>
●対象を見ることで理解        ●対象のつくる間に浸ることで理解
●知っているか知らないかが重要    ●いかに捉えいかに味わうかが重要
 な知識(明示知)           な知識(暗黙知)
●使用よりも所有することが重要    ●所有よりも使用することが重要
 な自己顕示型商品           な自己発見型商品
  情報発信型商品            自己実現型商品
●視覚と理性が直結する論理      ●五感と情念が織りなす詩心
 による近代デザイン          による古来からの意匠
●機械をつくるような機能主義建築   ●詩をつくるような象徴主義建築
 人間の外側の物理的空間が主題     人間の内側の精神的空間が主題
●神の視座からの完全性を誇る     ●人の内面の現象をたくむ  
 ピクチャーレスク庭園         回遊式庭園
 水と緑はデザインエレメント      堀に桜、川に柳の名所原理

<メッセージング>は、
低いコンテクスト(単純な文脈)の速い受発信情報が必要とされる
<モノクロニックな価値体系>
にある。

<ルーミング>は、
高いコンテクスト(複雑な文脈)の遅い受発信情報の蓄えがある
<ポリクロニックな価値体系>
にある。

詳しくは
「私たちが無自覚でいる『日本型』の構造 その3=<メッセージング>と<ルーミング>」
 http://cds190.exblog.jp/259530/
を参照してほしい。


以上の対比は、
<間>や<場>の問題とも密接に重なっていて、
日本人が暮らし生きる時空の構造にも展開していて、
<世間>やそこでの人間関係やコミュニケーションや発想思考にも如実に反映している。



(追記)

落語の高座のようなプロセニアムのない演劇空間は、ボードビリアンのステージの物理的な構造でもある。
しかしざっくり言ってしまえば、
落語の場合は、上手下手の登場人物を一人芸で対話させる物語という非現実の世界と落語家の観客への話しかけという現実の世界が渾然一体になっている
のに対して、
ボードビリアンの話芸は観客へのトークというすべてが現実の世界だ
と言える。

歌舞伎にしても旅周り一座の芝居にしても、舞台上の非現実の世界と、役者と観客の交流という現実の世界とが渾然一体になっていて、同じ時空の構造を日本的なプロセニアムのない演劇空間の特徴として指摘できる。

私は、こうい思いにかられてしまった。
それは、
今現在の私たちにとって、
福島第一原発とそれをとりまく日本各地は、プロセニアムのない演劇空間になっているのではないか、
という思いだ。

福一で起こっていることはまがいない現実なのだが、原発や放射性物質という物理的な事情と情報開示の不全とによって、ある種、言説化→物語化→演劇化している。
一方、たとえば東京ではホットスポットの存在が不安を呼び起こしながらも、人々は3.11以前とほど同様の生活を送っている。これもまがいない現実なのだが、やはりある種の物語なり言説の上で成立している。とすれば演劇的に生活しているとも言える。

福一と東京の関係は、プロセニアムのない舞台と観客席の関係に重なるように思える。
舞台の危険が現実とすれば、観客席の安全は非現実であり、
観客席の安全が現実とすれば、舞台の危険はあたかも非現実かのようだ。
これは、現実の世界と非現実の世界が渾然一体になっているということであり、日本的なプロセニアムのない演劇空間の現象と様相的に一致する。

いま、福一と東京の関係で捉えたことは、福一と福島や避難した住民の帰還を進める自治体との関係でも言える。

日本人の原発事故への対応がまったく理解できないでいる外国人は多い。
そして、同じ日本人でも他者の対応にまさかと思うことがある。

そうしたことには、この日本的なプロセニアムのない演劇空間の現象と、主体がどの程度切迫した劇場性の中にいるかということが関わっているように思う。

避難先から帰還する住民の場合は、もはや観客席の観客ではなく、手品師によって舞台に上げられた観客代表になるの観もある。
また、ガレキの広域処理によって万一、放射能汚染が全国化するとすれば、日本全土が舞台になってしまい、誰もがただの観客では居られなくなるということだ。

いまや、日本と日本人の空間軸と時間軸は大きく揺さぶられていて、精神的な変化を本質とする「結界性」=「通過儀礼」も大いに流動的になっていると言えよう。




by cds190 | 2012-03-26 22:28 | ■日本文化論からの発想

仕事や生活における発想思考や創造性は「文化」である  

2011年 10月 10日
(twitterより)


小笠原教授「白熱教室JAPAN」http://www.meiji.ac.jp/nippon/info/2011/6t5h7p0000009yim.htmlの観点と主張は私とかなり一致(世間に位置づけられた自分論など)。だが氏が「帰属型チーム対参加型team」に日本対欧米を見るのに対して、私は日本型の集団独創にも「前者家康志向と後者信長志向」があるとする。つまり

 ↓

(つづき)世間といえば「集団を身内で固定する家康志向」=「帰属型チーム」と現在なっているが、「自由に活動している個人を集団に構成する信長志向」=「参加型team」の世間は今でもサブカル的な業界ほど健在で、重厚長大業界や官僚社会でも90年代位までは両者の合わせ技が日本の強みだった。

 ↓

(むすび)結局,小笠原氏と私の観点と主張、基本的な材料は一緒なのだが切り口が違う。氏はビジネスを見ている。私は文化を、つまりは仕事や生活や行政を文化として見ている。文化、異文化交流では「相互的主体性」が変化したり「間主観性」が発生する方が自然で、それを認めない場合帝国主義となる。

 ↓

(ほそく)私はずっとビジネスマンのふりをして、どうしたら仕事における発想思考が有意義で創造的で楽しいものになるか、どうしたら仕事の成果が関わる人々の働き甲斐や事業の存在意義、生活者の期待や満足、社会への貢献になるか、ばかり考えてきた。省庁や自治体が顧客の場合も同じ。文化化だった。



by cds190 | 2011-10-10 17:17 | ■日本文化論からの発想

今問われる日本人の「甘えと義理」(6:結論)  

2011年 09月 26日
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発




「今問われる日本人の『甘えと義理』(1)」
 http://cds190.exblog.jp/15390651/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(2:間章)」
 http://cds190.exblog.jp/15427164/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(3)」
 http://cds190.exblog.jp/15443697/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(4)」
 http://cds190.exblog.jp/15488908/

「今問われる日本人の「甘えと義理」(5)」のつづき
 http://cds190.exblog.jp/15542138/




「即他的義理の場合でいいますと、(中略)この義理は、他者の意向を自分の意向としてそっくりそのまま受け入れることなので、他者と自分はひとつということになります。
 そしてこれを図式化すると、<汝>→<汝’>ということになりますが、これをみると、即他的義理に生きている人間は、---自分ではなく---<汝’>だということがわかります。
 つまりこの人間は、<汝’>になることによって、自分を他者につないで、自他同一的に他者とひとつになっているのです。

 しかし、他者とひとつになっていることがいいことだとは限りません。悪いほうに作用してしまうことだってあるんです。
 それはどういうことかといいますと、<汝’>というのは、もうひとりの<汝>ということで、それは<汝’>が<汝>と連動して動く傀儡でしかないということを意味しています。
 そういう性格が義理にはあるので、<汝>の意向を仰がなければなんにもできないような、義理病患者が生まれてきてしまうのです」

戦後日本が、アメリカという<汝>の意向を仰がなければなんにもできないような、義理病患者になって今に至っていることは、前項(5)の最後で触れた通りだ。

そこで私はこう付け加えて締めくくった。
本項(6)をそこから立ち上げたいので、以下そのまま引用する。


「そのような『”私”を抑圧した外発的な義理』は、『家康志向』の<世間>での現象ないし動向なのだと思う。
 『家康志向』は、身内で集団を固定するから、外向きに世界を見るときも、親分であるアメリカだけを見てきたし、今もアメリカが統括しようとしている世界観でしか見ようとしない。つまりは外向きでも何でもなく、大きく内向きなのだ。

 一方、(自由に活動している個人を集団に構成する)『信長志向』の<世間>では、『”私”を解放した内発的な義理』の現象ないし動向が展開してきた。
 平清盛*や織田信長といった為政者や、龍馬や勝とその仲間たちといった活動家は、『そもそも私たち日本人はどうしたいのだ?』という自問から出発してその答えを(重商主義〜交易主義、移動民〜転住民重視で)求め続けた。彼らの言動がその典型である。
 また、江戸の武家社会に対抗した町人文化の担い手や、その文化的遺伝子を受け継ぐ現代のサブカルチャーの担い手も、同様の創造性を発揮しその成果が世界に認められている」

(平清盛*については、
 現代ビジネス「この国のカタチを変える清盛式"貿易革命"、夢半ばにして散る・・・平家滅亡が『貿易立国日本』を800年遅らせた?」山田直哉著http://gendai.ismedia.jp/articles/-/19758
 を参照。)


「家康志向」の<世間>を前提とする対他的義理は、今日も社会全体を一貫するダイナミズムとして力強く働いている。
戦後日本をアメリカという<汝>の意向を仰がなければなんにもできない義理病患者にしている、というのは全体をざっくり表現しているだけで、ダイナミズムの働き方は一事が万事、微に入り細に入りだ。
たとえば、お上=官僚社会がアメリカという<汝>の意向を仰がなければなんにもできない義理病患者であれば、大方の業界大手も指導される管轄官庁という<汝>の意向を仰がなければなんにもできない義理病患者であり、そして大方の社員も雇用管理される会社という<汝>の意向を仰がなければなんにもできない義理病患者となる、といった連鎖がある。
さらに、「アメリカの原子力政策→日本の原子力村(政界財学マスコミ談合体制)」のような、日本での連鎖の要が東電のような巨大独占企業であって、お上=経産省の方がその意向を仰がなければなんにもできない義理病患者になっているケースもある。このケースでは、放射能汚染や汚染被害の拡散防止のために協力すべき農水省や文科省や厚労省や環境庁など他の省庁もが、東電の意向に従う連鎖にある。

集団を身内で固定する「家康志向」一辺倒化の弊害は、国民特に国の将来を担う子供の健康や命を守るどころか脅かす事態に至り、すでに限界点に達していることは誰の目にも明らかだ。
これを打開するには、国際的には原子力大国の米仏だけではなく、国内的には原子力村の住人だけではなく、自由に活動する個人を集団に構成する「信長志向」の組織知識創造を展開していくしかない。そしてそうした動きはすでに国際的にも国内的にも出て来ているが、日本の原子力村(政界財学マスコミ談合体制)がそれを自分たちの都合のいいようにしか受け入れなかったり伝えなかったりしているが、本論の主旨ではないので省く。

本論では、
「家康志向」の<世間>の義理
「信長志向」の<世間>の義理
この両者の本質的な違いを検討して、
その弊害が限界にまで達した前者一辺倒化を解消する後者の可能性を摸索し、
それを本論シリーズの結論としたい。




受容世界と非受容世界を「空間軸で捉える義理」と「時間軸で捉える義理」



「こんどは対他的義理の話をします。
 この対他的義理は、タテマエとしての義理といってもよいのですが、義理は異なるふたつのものがひとつになっていなくてはならないものなので、タテマエとホンネのふたつに分かれていてはいけません。
 しかし、いけないといいましても、タテマエとホンネを融和させるという仕方でひとつにすることはできないので、対他的義理の場合には、タテマエそのものに自分を同一化させることによって、ひとつになるのです」


すでに述べたことの繰り返しになるが、著者の主張のように本音と建前は必ず食い違う、食い違って当たり前とするのは、集団を身内で固定する「家康志向」の<世間>を前提にしているからである。集団の構成員が身内として留まろうするためには、たがうことができないのが建前であり、そのために本音を抑えなければならないからだ。

一方、自由に活動している個人を集団に構成する「信長志向」の<世間>では、個人の本音を見込んで集団が構成される。そして構成員は集団の出入り自由だから、基本的に建前=本音なのである。


著者は、「意地」「体面」についてこう述べる。

自分が同一化しているタテマエにたがったものには決してなるまいとする努力が意地なのです」

「信長志向」の<世間>の場合、「建前に違うものにはなるまい」という気持ちはイコール「本音に違うものにはなるまい」ということになる。
意地は自分自身に対してもつもの、という点は「家康志向」の<世間>の場合と同じだ。

「意地と体面はどこが違うのか(中略)、これは、
 タテマエを他者のほうからみるか、
 それとも自分のほうからみるか

 によって、違ってくるのです。

 タテマエというのは、他者と自分のあいだに置かれているわけですが、
 このタテマエを他者のほうからみた場合には、---この場合、タテマエは他者の手前をつくろうものという意味です---体面が問題になります。
 そしてタテマエを自分のほうからみた場合には、---この場合、タテマエはポリシーという意味で、そのポリシーを守ろうとすると、意地になるのです。

 この際、
 他者のほうからみたタテマエを理想自己といい、
 自分のほうからみたタテマエを自我理想といいます。
 したがって
 体面は理想自己にかかわり、意地は自我理想にかかわるということになります」


以上の著者の論述も「家康志向」の<世間>を前提にしている。

私が強調したいのは、基本的に建前=本音である「信長志向」の<世間>の場合、
自分のほうからみて、こうありたいというタテマエである自我理想は、本人ホンネの自我理想であるのは「家康志向」の<世間>と同じだが、
他者のほうからみて、こう見られたいというタテマエである理想自己も、特段、本人ホンネの自我理想となんら変わるものではない、ということだ。


たとえば、坂本龍馬は、当時の厳しい身分制度に従って一般的な建前社会に順応はしていたが、自由に活動する個人としての言動において、こうありたいという自我理想を身分の上下に関係なくさらけだしていた。幕臣である勝海舟が外様やその脱藩ふくめた各藩士を指導した言動においても同様だ。
そもそもそうしたタイプにとっては、こう見られたいというタテマエである理想自己などというものが無いかとても希薄で、あってもホンネこうありたいという自我理想と乖離していない。なぜかこういう気質は、日本人に人気の維新の志士たちに共通している。

こういう気質は、著者の言う「タテマエそのものに自分を同一化させることによって、ひとつになる」対他的義理とはまったく異質のものである。
建前社会では建前を用いたり踏まえたりしないと、相手のある人間関係は築いていけない。しかし、こういう気質の持ち主の場合、肝腎な所ではあくまで「タテマエの方を自分そのものに同一化させる」のである。
それが、彼らの意地である。

彼らの場合、体面にはあまり関心がない。体面があってもそれに自分そのものが同一化してないので、体面が損なわれても自分自身のホンネは少しも傷つかないからだ。また、体面をおだてられても自分自身のホンネは少しも高ぶったりしない。そういう自然体の人となりが一貫している。

坂本龍馬や中岡晋平が体面を気にして体面を潰される度に傷ついていたら、薩長同盟は成らなかっただろう。
織田信長は天下人だから他者に体面を潰されることなどなかったと思ったら、それは間違いだ。言わば自ら体面を崩してみせるような恭順の姿勢もとっていた。もっとも恐れていた上杉謙信には、あらゆる贈物をして戦争にならないように、ご機嫌をとっていたのだ。私たちは、そうまでしてもまったく信長自身のホンネが傷つかなかったことこそ注目すべきだろう。



龍馬や勝や信長が抱きそして果たした義理は、
本音と建前を分つ「対他的義理」とは違うことは明らかだ。
前項(5)で検討した本音=建前の「自他同一的義理」と言うべきものである。
彼らの潔い言動を振り返るとそれは、「即自然的義理」を色濃く温存した「即天的義理」と大いに重なるようにも思われる。


著者は「義理の世界」を以下の概念図で解説している。

確かに、「家康志向」の<世間>を前提にした「対他的義理」の世界はこのように説明できる。
しかし、「信長志向」の<世間>を前提にした「自他同一的義理」の世界はこの図では説明できない。

著者の概念図では、「受容世界」=「内」、「非受容世界」=「そと」であり、両者を媒介する領域、つまりは空間軸において「対他的義理の世界」が位置づけられている。

一方、私が思うに、龍馬や勝や信長にとっては、
「受容世界」=「内」、「非受容世界」=「そと」ではそもそもなく、
自分そのものの思いに照らして、
「非受容世界」=「過去」、「受容世界」=「未来」であり、両者を媒介する領域、つまりは時間軸において「自他同一的義理の世界」が位置づけられる。
彼らにとっての「義理の世界」とは、非受容の「過去」を受容の「未来」に転換しようとする自分のホンネを生きる「現在」なのである。
こういうタイプの人間にとって、組織の「内」「外」も身分の「高」「低」もない。
「家康志向」の<世間>にどっぷりと浸りそこで保身する者からすれば、当然彼らは、地に足の着かない流浪の身、身分を弁えぬ不届き者とみなされる。しかし、他人にどう見られるかなど毛ほどもお構いなしだ。


「自他同一的義理」とは、日本人の「相手を経由する自己」のあり方の一つだが、「即他的義理」のように”私”のない外発的なものではない。”私”のある内発的なものだ。
ならば、どのように「相手を経由する自己」が主体となるのか。
それは、志縁の本質あるいはダイナミズムと言っていい。
同じ志を抱く者同士が互いを相手に「相手を経由する自己」になる。その交流や対話の切磋琢磨が互いを触発し育成しあいともに「相手を経由する自己」を高めていく。

これに関して、カリスマ的な為政者の平清盛や信長には集団知識創造のニュアンスが希薄で、衆智を集めただろうが自分自身で考え抜いた感じがある。海軍操練所の勝や亀山社中の龍馬には集団知識創造のニュアンスが濃厚だ。
江戸時代の感性を継承している私たちからすると、集団で切磋琢磨した後者は日本人的で、カリスマ的な巨星の前者は中国古代の英雄のあり方に近いのかも知れない。ただ、清盛や信長は、知者から聴き知った未知の中国や欧州の皇帝を理想の相手として「相手を経由する自己」になったのかも知れぬ。
いずれにせよ、彼らのような「相手を経由する自己」にとってもっとも大切なことは、自分そのものの求める目的なり方向性がブレないこと、今までの自他の成果に安住せず向上を目指し続けることだと思う。そのような自分自身がない限り、志縁を抱く者を相手に「相手を経由する自己」になり続けることはできない。

それは、非受容の「過去」を受容の「未来」に転換しようとする自分のホンネを生きる「現在」を捉えてそれを生き続ける、ということである。
そのような自己であり続けたいと熱望する者同士が縁あって暮らすのが「自他同一的義理の世界」なのである。
こういう世界を生きる者にとって、組織の内外、身分の高低といった他者と比較してはじめて自分が位置づけられる側面は与えられた条件でしかない。


このような「自他同一的義理の世界」を概念図にすると以下のようになる。


自由に活動する個人を集団に構成する「信長志向」において、その「自由に活動する個人」が「自他同一的義理の世界」を生きる者である場合、彼らによって構成された集団の志は高く、そしてそれを達しようとする能力は極めて高くなる。


集団を身内で固定する「家康志向」、その一辺倒化が官僚社会、企業社会(マスコミ含む)、学校社会(学術社会含む)、地域社会など全体社会に蔓延し、しかも内向き閉鎖的に互いを呪縛しあっている現代日本は、これまでにない国難を招きこみ破綻の極みにあると言っても過言ではない。
放射能汚染の拡散が不用意に助長されることなど、日本人の誰一人としてその弊害を被らないものはない。そればかりか、海洋汚染と大気汚染で世界もその弊害を被ろうとしている。
つまり日本は、日本国民を受容しない「非受容世界」になっている。さらに汚染拡散を放置すれば世界からも受容されない「非受容世界」になってしまう。

おそらく、こうした事態と動向を前向きに解決していくことができるとすれば、それは国内外における外向き開放的な恊働を充実し連携させる以外にない。
そして、それを意欲的かつ創造的に担うのは、「自他同一的義理の世界」に自由に活動する個人有志たちであり、彼らを適宜な集団に構成する「信長志向」に違いない。


私たち日本人は、国内外で個々それぞれに何かしらの関心課題で志を同じくする者と共に「自他同一的義理の世界」で恊働することができる。
そうした有志たちが深く連帯し広く連携することで初めて、日本を、日本国民を受容し世界からも受容される「受容世界」にしていくことができる。




by cds190 | 2011-09-26 19:47 | ■日本文化論からの発想

今問われる日本人の「甘えと義理」(5)  

2011年 09月 24日
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発




「今問われる日本人の『甘えと義理』(1)」
 http://cds190.exblog.jp/15390651/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(2:間章)」
 http://cds190.exblog.jp/15427164/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(3)」
 http://cds190.exblog.jp/15443697/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(4)」のつづき
 http://cds190.exblog.jp/15488908/




「即他的義理」の対極、「即自然的義理」を温存した「即天的義理」の系譜



「即他的義理」とは、前項(1)の冒頭で解説した「相手の意向をそのまま自分の意向として受け入れること」である。
「義理は相手本位なものであって、常に相手に自分を接続するというか、合致させる」もので、それはどのようにして可能かというと、
「自分を相手に合致させてひとつになる」
「相手と同じものになる」
ことによる。
つまりは、「”私(わたくし)”がない。つまり、私心、私情や私利・私欲がない」義理だ。

著者は、「利己心を捨てて愛他的に生きることが美しいことだとしたら、”私”を捨てて、<汝>の意向を自分の意向として受け入れる義理も、美しいに違いはありません。けれども、”私”を捨てることは人間的とはいえませんから、『義理は美しいけれども悲しいもの』ということになります」
と近松の作品を例に述べる。

ここで、日本人の義理が、
◯「他者を経由する自己」同士の人間関係を前提にすること
◯経由する他者は人でなくても会社や国でもいいこと
に留意したい。

日本人が想定するこうした「即他的義理」を全うすることは私心を捨てねばならない分、難しい。だから美談にもなり人気物語にもなってきた。自己愛が肥大化した現代の日本人ならなおさらだ。

しかし、中国人が、彼らの想定する義理を全うすることは、必ずしも難しくはない。
なぜなら、彼らの想定する義理は、他者でも会社でも国でもなくて「天意を経由する自己」だからだ。改革開放以降の自己愛が肥大化した現代の中国人にとっても、必ずしも私心を捨てなくてもいいから、「親族大事」や「親孝行」といったかなり私的な意識において「即他的義理」を実践する者は少なくない。
中国人の場合、「即他的義理」は「即天的義理」が土台になっていて、それゆえに特定の義理のある人間関係において厳格に果たされる。それを違えれば、相手に非難されたり相手との関係を損なうだけに留まらない、面子や信用を失って多大な社会的立場の損失を覚悟しなければならない。
微妙な話だがそこでは、天意と重なる本意=私心というものがあり得る。
それは、天に受容される世界と受容されない非受容世界との曖昧領域であり、そこにこそ中国人の義理がある。この曖昧性は、天意というものが自明ではなく結果として示される、ということに由来する。日本人の義理が相手本位で確定的であるのに対して、中国人の義理が天意本位で不確定的であることは覚えておいていい。


私は、このように考えている。

もともと日本列島の住民は、自然を神とするアニミズムやシャーマニズムに暮らしていた。
人間と自然が未分化の言わば「即自然的義理」に生きていた。
自然=神を畏怖しその加護により豊饒を得るシャーマニズムは、原初の人類に普遍的な自然=神への義理を果たす部族人的な心性の所産である。
そこに、中国の儒教の考え方にのっとった「即天的義理」が入ってくる。
これは人間関係や家族関係や社会関係を安定させ秩序だったものとするための社会人的な心性の所産であるが、もともとは易や風水や祖先崇拝を重視するシャーマニズムが土台になっている。ちなみに孔子の母親は巫祠(ふし:神を守るほこら)の巫女=シャーマンだった、と史記は伝えている。

つまり儒教ともども、中国由来の社会人的な心性の「即天的義理」が、日本列島にあった部族人的な心性の「即自然的義理」を色濃く温存する形で受け入れられた、と考えられる。
そしてこうした様相は、儒教が「お家大事」主義に矮小化されて焼き直される江戸時代の前までずっと続いていたのだ。

私としては、織田信長が中世までの交易主義で移動民重視の「信長志向」を総括して体制化しようとしていた時代には、この「即自然的義理」を色濃く温存した「即天的義理」が主要な社会人的な心性だったことに注目している。

まずその素朴な原型として、天皇と天皇が直轄する供御人との関係があった。これは中国から律令制度を導入しても温存され、天皇に初物を奉ずる義務を担うかわりに通行免税特権を受けた。交易主義で移動民重視の社会体制の元祖と言える。
さらに、「自然なり天意を経由する自己」の社会人的な心性を顕著な形で担ったのが武士や武芸者や武士志望者である。彼らは自然なり天意に即することに身を投じ、いつでも自然なり天意に即して潔く死ねる暮らしや人生を望んだ。
信長の能好きや本能寺の最期は、そういう意味でとても象徴的だ。信長には、江戸時代に拡張していく「お家大事」意識の枠組みにある義理や甘えがあまり強く感じられない。


言葉や文化に体現している日本人の<自己と他者の未分化性>と、<人間と自然の未分化性>と、<人工と自然の未分化性>はそもそも渾然一体の心性である。
このことは日本人の、深層心理に今も色濃くある部族人的な心性において「他者を経由する自己」が「自然を経由する自己」に内包されている、さらに現代社会に息づいている社会人的な心性において「他者を経由する自己」が自分なりに捉えた「天意を経由する自己」に内包されている、そういう心理構造に展開している、と考えられる。

著者が「即他的義理」に関して近松を例に指摘した「義理は美しいけれども悲しいもの」というのは、極めて私的で情緒的な人間関係をめぐる様相であり、かつ、集団を身内で固定する「家康志向」的な様相である。
私としては、「即他的義理」の対極にありかつより重要な、「即自然的義理」を色濃く温存した「即天的義理」が、もっと公的な社会関係をめぐる、自由に活動する個人を集団に構成する「信長志向」的な様相を伴ってあったことを指摘しておきたい。
これは、平清盛や織田信長、龍馬や勝が抱きそして果たした義理の系譜に他ならない。




本音と建前を分つ「対他的義理」、本音=建前の「自他同一的義理」



対他的義理というのは、(中略)自分を他者の手前にあるものとして意識し、他者の期待に自分を添わせ、他者の批判をまぬがれて、自己の面目を保とうとする義理です。
 対他的義理は、タテマエとしての義理といっても同じことですが、タテマエとホンネの二重性を生きることはできません。(中略)
 ですからタテマエとしての義理を生きる者は、ホンネを捨てて、タテマエそのものを生きなくてはなりません

分かりやすい例が「武士は食わねど高楊枝」である。
だが、同じ武士の様子を見ても2通りの分析結果がある。
著者は言う。
「義理の見栄と私心の見栄は違う」
と。

たとえば、もし腹を減らした侍が町人や百姓に馬鹿にされたくないだけで「武士は食わねど高楊枝」ならば、それは「私心の見栄」に過ぎない。
しかし、誰も見ていない所で、自分独りの時も、侍かくあるべしの自戒によって「武士は食わねど高楊枝」ならば、それは「義理の見栄」と言える。
「義理の見栄はそうした私心の見栄を恥ずかしく思います」

著者は、西鶴の「奉公に私なき事、自然に天理にかない」という言葉を上げて、
「義理でもっとも大切なのは、この『”私”がない』ということです」
と述べる。
また、西鶴の「心に染まざれども」という言葉を上げて、
「『心に染むこと』をするのは私心であって義理ではなく、『心に染まない』ことであっても、相手の意向を忠実に実践するのが義理なのです」
と述べている。

ここで著者の例解する話が示唆的だ。
ある殿様が勇猛な家来と臆病者の家来の二人にお化け屋敷に行かせる。勇猛の家来がお化けを退治し、臆病者の家来はお化けを見て失神してしまった。これに対して、殿様は臆病者の方に勇猛な家来より多くの褒美を与えた、という。
その理由は、勇猛な家来は「心に染むこと」をしたのに対して、臆病者の家来は「心に染まないこと」をしたから、後者の方が忠義である、ということなのだ。
現代の成果主義とは真逆の結果となっていることが示唆的だと思う。
確かに、お化け退治という目前の短期実績では臆病者の家来は成果をまったく上げられなかったが、その忠義はいずれ何かの大事で我が身を捨てて大きな成果を上げる可能性がある。
無論、これは、上司の言うことなら事の善し悪しにかかわらず唯々諾々と「心に染まないこと」をやり続ける者の話ではないのは、論ずるまでもない。

ここで指摘したいのは、この例解は、集団を身内で固定する「家康志向」のパラダイムにある、ということである。
自由に活動している個人を集団に構成する「信長志向」においては、中長期的な視点で人材の資質を見て育てるということは同じとしても、「心に染まないこと」をしたから評価するという場面も基準も考えにくい。
私は、本音と建前が必ず食い違う、と著者のように決めつけられるのは、「家康志向」の<世間>を前提とするからだと思う。臆病者の方が評価された、本音を抑えて建前を通した事態も「家康志向」の<世間>を前提としている。
「信長志向」の<世間>では、先ず本音で自由に活動している個人があって、その本音を見込んで適宜に集団に構成するのだから、そもそも本音と建前の乖離がない。あとあと乖離が生じたとしても、構成員は出入り自由だから、本音とズレが生じる集団にずっと帰属し続けることはない。
本音=建前、「対他的義理」=「対自的義理」であり、時に「即他的義理」=「即自的義理」=「即天的義理」=「即自然的義理」でもありうる。
(例外的に、遠隔地航海船の航海中など物理的に離脱できないことがある。この場合、ズレた本音が多数を占めれば反乱が起きるから、やはり本音と建前のズレが継続しないと言える。
 中国古代の長距離移動しながら兵卒を増大していった軍勢においても、兵卒は食べるために軍勢に加わり食べさせてもらえないと反乱した。そういう主従関係の過酷さは物理的条件によるのではなく、移動民や移動社会の常としてあったようだ。)

「信長志向」の<世間>での義理のあり方については、項を改めてまとめて結論部で論じたい。



著者は、義理とは、単純に約束してそれを守ることではない、と指摘している。
この指摘はとても重要な意味を含んでいると思う。

「約束を守る話なら、日本だけでなく世界中どこの国にもあるものですし、それに約束を守るというのは、法や契約の世界の話であって、義理の世界の話ではない」

こういう言い方もできる。
文化人類学的な意味合いでいう「交換」の約束を守るのは義理でもなんでもない、単なる契約義務だ。「贈与」の約束を守るのが義理である、と。
そのメカニズムを著者はこう説明する。

「話し合って取り決め、違約したら罰せられるのが法や契約の世界の約束です。しかし、義理の世界の約束はそうではありません。
 『死んでくれぬか』、『あぁ死にましょ』。これだけのことです。このように、相手の意向が自分の心のなかに侵入してきて、自分の意向と化してしまうことが義理の世界の約束です。
 この約束は(筆者注:自分自身に対して)強迫的なものなので、(中略)私心が入り込む余地はないのです」

ちなみに「贈与」は、
する者に対してされる者が「負い目」を感じる、
よって「贈与」された者は、「贈与」する者に報いる何かをすることで「負い目」を払拭しようとする、
それが両者の関係を決定する。
これが、著者の言う「強迫的なもの」ということだ。

義理の根源的な原理を「贈与」関係に求めると、その起源は日本の江戸時代や中国の古代を超えて、人類普遍の部族人的な心性にまで遡らなくてはならない。
当然、幕藩の主従関係や三国志のヒーローたちの志縁のような社会人的な心性より、もっともっと素朴な起点を求めなくてはならない。
たとえば、部族の長同士が自分の財貨を相手の目の前で消尽するのを競った「ポトラッチ」や、「異界との重なり領域」にたとえばある部族が海の幸を置いておくと、他の部族が山の幸を置いておいてくれる「沈黙貿易」などだ。
こうした原初的な交易では、モノが交換されているのではなくて、消尽や贈与によって生じる「負い目」のような心理が交換されている。

(原初的な「贈与」関係は、人と人、部族と部族だけではない、そもそもの大本ないしは土台として人間と自然=神との関係がある。人間が自然=神に対して「負い目」のような心理を抱いていることがある。
 神に供物を奉じて豊饒を祈り災厄を防ごうとうする。自分の部族だけでなく他の部族もそれぞれの縄張りの神に対して同じことをしていて、「異界との重なり領域」とは、単なる縄張りの緩衝地帯ではなく「神たちの領域」=「祝祭の場」であった。)

日本人は義理においても、人類普遍の部族人的な心性を色濃く温存する形で社会人的な心性を形成してきたと言える。


このことは、日本語において「感謝の言葉」が「謝罪の言葉」であることから、現代の私たちにまで延長されていることが分かる。
「すみません」という言葉だ。
文化人類学でいう「両義性」ということに重なってくる。

「『すまない』という言葉は、義理を損ねたことをわびるときに用いるものですが、また礼を述べるときにも使えます。
 このように、『すまない』という言葉にあい反するふたつの意味があるということは、この言葉が受容世界と非受容世界の中間の世界において発言されているということです。
 そしてその中間世界は、義理の世界であって、あまえの世界ではないので、---あまえの世界は受容世界ですからね---『すまない』という気持ちは、あまえではなく、義理に関係しているということになります」

人類普遍の原初の「贈与」関係では、弱者が「負い目」を負っているようで与えてもいて、強者が「負い目」を与えているようでいて負ってもいる。つまりは、部族間の強弱関係を支配被支配をめぐる攻防に展開させずに平和裏に調和させるものでもあった。
「ポトラッチ」や「沈黙貿易」などの部族間の部族人的な心性の交換は、やがて国間の社会人的な心性の交換に変容していった。たとえば、古代中国以来の「册封」や「朝貢交易」だ。宗主国に貢ぎ物(方物:土地の産物)を献上することでその支配下にある属国となると、宗主国は属国を守る義務を負うことになる。支配下に下る「負い目」と、属国を守る「義務」が交換されているが、それは属国を守らなかった際の「負い目」相当の心理的負担と考えていい。

こうした心理関係のダイナミズムは、義理を生きている人間同士の間でそのままに息づいている。

「義理を生きている人間が、どんなときに『すまない』という気持ちになるのかといいますと、それは、相手の人が自分を受容してくれたとき、---このときは感謝の気持ちで『すまない』と思います---あるいは、自分が相手に対して相手本位にできなかったとき、つまり自分が私心をだして相手に迷惑をかけたり、相手の意向に添えなかったときに、---このときはおわびの気持ちで、『すまない』と思うのです」

「なにか失敗してあやまるときに、『すみません』といってあやまるのと、『許して下さい』といってあやまるのでは、その内容に違いがあります。(中略)
 『すまない』といってあやまる人は、相手本位にものごとを考えており、またその相手が万全であるように配慮していて、その万全であるべき相手が自分のせいで損なわれた場合に、『すまない』気持ちになるというわけです」


ちなみに、戦後の日本人は占領したアメリカに「受容された」と感じ、朝鮮や中国やソ連から「守ってもらった」と感じ、義理を抱くようになった。同時に、アメリカという他者を経由して自己を認識するようになった。
そして、アメリカという相手に対して相手本位にできなかったときに「すまない」と思い、そう思わなくてすむようにアメリカの意向を忖度して自らの意向を形成するようになった。
但し、アメリカは、日本とは違い「他者を経由する自己」の持ち主ではない。ただ自己本位にその意向を世界の各国に打ち出しているに過ぎない。

ちなみに冷戦終結した1991年当時に比べて、欧州の1400以上あった米軍施設は現在では約500、今後も削減の予定。22万人いた在ドイツ駐留米軍は現在では7万人以下である。
一方、日本は、冷戦終結以降、ソ連が崩壊しロシアも中国も資本主義化し中国との貿易高が最大化していく過程で、むしろアメリカとの軍事同盟を強化してきた。欧州やドイツのような米軍基地の大胆な削減はなかった。東日本大震災や原発危機の今年ですら従来通りの思いやり予算を早々と支払っている。
軍事専門家たちの間では、日本が核攻撃されてもアメリカが報復することはなく核抑止力が働いているとは言えないことや、尖閣諸島を中国が実効支配してもそれだけでは米軍は出動しないことも分かっている。
つまり、いったい何のための日米同盟とその莫大な投入コストなのか、を合理的に説明することは難しい。
むしろ、日本的な義理の「贈与」の交換、「負い目」のような心理の交換をアメリカとしているという思い込みと、思い込みに基づいた「すまない」という意識として説明できる。


日本人は重大な、そして本質的な問いの存在に気づくべきだと思う。
それは、
「そもそも私たち日本人はどうしたいのだ?」
という問いだ。
じつは、私たちが戦後一貫してこの問いを自問しないできたことに、そしてその回答から全てを立ち上げようとはしないできたこと自体に、日本人の”私”の無い義理の構造がある。

日本人の意向は、常にアメリカの意向を官僚や政治家が先回りして忖度するものだったり、反体制派が同様に先回りして対抗するものだったりと、どちらにしても他律的であり、けっして自律的だったとは言えない。

「どうして自分の意向が他者の意向となってはね返ってくるのかといいますと、
 義理は、---<汝>→<汝の汝>という構造をもっていることからわかるように---他者から自分に向かってくる外発的なものです。
 そして”私”の意向のような、自分から他者へ向かう内発的なものは抑圧しています。 
 抑圧するのは、”私”の意向が義理にとっては不義なものだからです」

著者の言う通りなのだが、私はすでに触れたように、
そのような「”私”を抑圧した外発的な義理」は、「家康志向」の<世間>での現象ないし動向なのだと思う。
この「家康志向」は、身内で集団を固定するから、外向きに世界を見るときも、親分であるアメリカだけを見てきたし、今もアメリカが統括しようとしている世界観でしか見ようとしない。つまりは外向きでも何でもなく、大きく内向きなのだ。

一方、「信長志向」の<世間>では、「”私”を解放した内発的な義理」の現象ないし動向が展開してきた。
平清盛や織田信長といった為政者や、龍馬や勝とその仲間たちといった活動家は、「そもそも私たち日本人はどうしたいのだ?」という自問から出発してその答えを求め続けた。彼らの言動がその典型である。
また、江戸の武家社会に対抗した町人文化の担い手や、その文化的遺伝子を受け継ぐ現代のサブカルチャーの担い手も、同様の創造性を発揮しその成果が世界に認められている。

ここでは、彼らのダイナミズムとなった日本人の義理を、本音と建前を分つ「対他的義理」と明快に区別して、本音=建前の「自他同一的義理」と呼んでおこう。




by cds190 | 2011-09-24 21:41 | ■日本文化論からの発想

今問われる日本人の「甘えと義理」(4)  

2011年 09月 22日
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発




「今問われる日本人の『甘えと義理』(1)」
 http://cds190.exblog.jp/15390651/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(2:間章)」
 http://cds190.exblog.jp/15427164/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(3)」のつづき
 http://cds190.exblog.jp/15443697/





「経由すべき他者」を保とうする欲求と、生死を直接保とうとする「本能」



大手企業を退職した元エリート・サラリーマンが、精彩を欠いた「濡れ落葉」と言われるような状態になってしまうことがある。
それは、著者のこういう論述によって説明できる。

日本人が他者を経由して自己をもっているということですが、その他者は、別に人間でなくてもいいんです。
 これは、リストラばやりの昨今では違ってまいりましたけれども、終身雇用を原則としていた旧来の日本型経営では、やはり会社は社員を受容していたと考えていいと思います。
 こうした会社員が、樹木についている一枚の葉っぱのようなものだとしますと、定年になって会社を離れた人間が、『ぬれ落葉』になってしまうのも、無理からぬことだといえます。

 彼は会社を経由して自己をもっていたのに、いまやその経由するものがなくなってしまったからです」

いま、若年層の失業者が拡大しているが、彼らは「雇用先を経由して自己をもち損ねている」「社会を経由して自己をもち損ねている」とも言える。
いろいろなケースがあるが、「経由すべき対象に欠ける」「経由すべき対象を失う」ということは、日本人にとって自己を安定的に保てない状態であることは共通している。

また、東京の未来はキエフで分かるという専門家たちの意見がある一方、それをtwitterなどで知った東京人でも積極的にか消極的にか東京に留まろうとする人がほとんどだが、これも「東京を経由して自己をもっている」、そしてそんな自己を保つことを優先していると捉えられる。
つまり彼らの場合、「経由すべき対象に欠ける」「経由すべき対象を失う」ということは、ともすると自己を保つことを危うくするという意識なり無意識なりが、生死を直接的に保とうとする本能以上に強く働いている、と言える。
日本人にとって「過労死」が一般に過酷過ぎるという認識はあっても異常とまでは言えぬ、環境によってはあり得る事態という認識が一般的であることも、同じように説明できる。




「被愛感情」と、それが「被害感情」に容易に変わること



さて、甘えの場合、自己とそれが経由する他者の関係を振り返ろう。

「まず要求的な<われ>が『・・・してちょうだい』とおねだりします。これに『・・・してあげる』と応じる人は受容者であり、いっぽう彼の労務の受益者となる人間は、『・・・してもらう』者で、受容対象であり、被愛者ということになります。
 このような一連の過程がとどこおりなく成立すれば、被愛感情は満足されますが、受容者が『・・・してあげない』といって受容対象への還路を断ち切ってしまうと、受容対象は益を受けとれなくなるので、『・・・してくれない』といってすね、被害感情をいだくのです」

「被愛という言葉を直訳すると、『愛されること』となりますが、そんな風に考えてもらっては困ります。被愛は『愛されること』じゃないんです。(中略)
 被愛をイメージする際には、<汝の汝における汝>というように、受容者と受容対象が入れ子になっている状態を思い浮かべてもらえればいいのです。
 この被愛感情は、簡単に被害感情に転化してしまうという、不安定な性質をもっています

たとえば、
被害感情は具体的な加害者なしにも発生する(中略)。

 心理学的に被害と対になるのは何かといいますと、それは被愛です。
 そのわけは、被害感情と被害感情はその面をたがえているだけのことで、基体は共有しているからです。(中略)

 被愛感情は自分が受容されているときの感情で、被害感情は受容は拒否されたときの感情です。(中略)被害感情はただ陰性を帯びた被愛感情にすぎず、いつも陽性に戻りたいと願っていますし、また戻ろうと運動し続けているからです。(中略)
 被愛感情はそんなにも容易に被害感情に転化してしまうのかといいますと、被愛者は、自分の害になるものを自分で取り除いて自活していくのではなく、その害を取り除く作業を、受容者に依託しているからです」

被愛者の心的世界は、自分に肯定的な成分から成る受容世界と、その世界から排除された否定的成分から成る非受容世界という、ふたつの世界に分離しています。(中略)
 受容世界というのは温室のなかのようなもので、自分に都合のよいものだけで構成されていますから、自分に都合の悪いものに対しては抵抗力がない


うらみと被害感情の違いがどこにあるのかといいますと、
 被害感情は被愛感情が傷つくことによって生じるもので、受動的要素が強いのに対し、
 うらみには被愛感情のほかに自己愛が関係しているので、被害感情よりも攻撃的になります。

 それではその被愛心と自己愛はどこが違うのかということになりますが、(中略)
 『他者を経由した自己』の前半過程、つまり自分から他者に向かう過程が自己愛に関係しており、
 後半過程、つまり他者から自分自身に再帰する過程が被愛心に関係しているということができます」

前項までに触れた、
被愛感情が傷ついて受動的な「被害感情」である日本人の「うらみ」、
自己愛に基づく能動的な韓国人の「恨(はん)」、
両者の違いもここに生じている。

本項(4)から「義理の構造」を検討していくが、
著者は、義理は「受容世界と非受容世界が複合してできたもので、半受容、半非受容の世界」である、ということの解説から論を起していく。
甘えが受容される世界と拒まれる世界を繋いだりバランスさせる働きが義理にはあることを、見ていこう。




受容と非受容の二つの世界をどう生きていくか、その手段としての義理



「(筆者注:他者を経由して自己を保つ)日本人にとっては、(中略)誰にも受容されていないというのもつらいことですから、なんとかして世の中に自分を受け容れてもらわなくてはなりません。
 そのためにはまず、受容世界と非受容世界を完全に遮断して、受容世界のうちに安住していたいと思う気持ちを断念しなくてはなりません。そうしないとひきこもりになってしまいますからね。
 次に(中略)受容世界のうちに非受容世界が侵入してくるのを、あまんじて許さなくてはならないのです。(中略)
 このように、受容世界の表面に非受容世界が入り込んでくるのを容認するかわりに、残りの受容世界を保存するのであり、こうした犠牲をはらった見返りとして、世のなかに自分を受容してもらうのです。

 これは要するに、受容世界と非受容世界のあいだに半分受容、半分非受容の中間世界を形成することによって、非受容的な世界に落ちないように防衛しながら、社会に自分を適応させているということです」

この中間世界こそが「義理」である、と著者は解説していく。


受容世界を<内>、非受容世界を<外>とすると、こうも言える。

「義理というのは<うち>に入った<そと>であり、また<そと>へ出た<うち>なのだ」

「<うち>に入った<そと>というのは、たとえばわたしの兄が結婚したとしますと、兄嫁は義理の姉ということになりますが、この義理は、<そと>の人が<うち>へ入ってきたことを意味します。それゆで義理は<うち>へ入った<そと>なのです」

「<そと>へ出た<うち>について説明しますと、(中略)あまえの世界から半歩<そと>へ、いい換えると非受容世界の側へ半歩出されたことを意味します。したがって義理の世界では、もうそれまでのようにあまえることはできないのです」
著者は、その具体的な事例として、人間の自立過程について解説する。
これは前項(3)で日本人の親子の場合とドイツ人の親子の場合を比較検討したことに重なる。

孵化した後も巣にいて親に給餌してもらう鳥類を「坐巣性」、
孵化後すぐに歩き出して自力で採食する鳥類は「離巣性」、
とした上で、
西洋社会は離巣性社会と呼ぶことができ、
 日本社会は坐巣性社会と呼ぶことができます」
と著者は述べる。

「坐巣的ということは親に依存的ということで、これを時間的に位置づけると、誕生してから離乳するまでの乳児期を精神的基盤においているということになります。(中略)
 離巣的ということは、自立的ということで、これは離乳し、自立歩行できるようになってからの時期が精神的基盤になっているということです。(中略)
 あまえの半歩<そと>を時間的にみると、坐巣期から半歩<あと>の時期ということになります。

 離巣性社会の住人、つまり西洋の人たちは、この半歩<あと>の時期に停滞することなく、一足飛びに離巣期に移行してしまいますが、
 坐巣性社会の住人は坐巣期に愛着しているので、そういうことはできません。しかし、だからといって、いつまでも親に依存していることもできないので、離乳はします。離乳はするんですが、離巣するのもイヤなものですから、離巣と坐巣のあいだの半依存、半自立の時期に腰をおちつけてしまう

具体的にどのような時期が、この「依存と自立のあいだ」に相当するのか。
著者はそれを「しつけ期」と言う。
そして、「しつけはたいてい親がしますから、義理はまず親子のあいだに生まれる」とする。

「それでは坐巣性的人間の場合には、どのようなメカニズムによって、しつけから義理が芽生えてくるのかといいますと、(中略)
 坐巣期に愛着している人間は、自立するためでなく、受容世界にふみとどまるために、しつけという非受容を受け入れるのです」

つまり、坐巣期に愛着する子供にとって、親の躾は、建前は非受容世界の受け入れであり、本音は受容世界の温存である、ということが「依存と自立のあいだ」を形成しているのだ。

「しつけの受けとり方にはふた通りあります。
 ひとつは離巣的人間がするように、その内容を受け入れるというもの。
 もうひとつは坐巣的人間がするように、しつける人間との関係を断ち切らないために受け入れるというもので、この場合内容は二の次になります。
 それでこの後のほうは、(中略)『自立するためでない』」

この「依存期の半歩<あと>」の躾の時期が、日本人の「他者を経由する自己」の再生産の場になっている。
復習を兼ねて繰り返すとこうなる。

「依存期は要求的な<われ>から発して(筆者注:<われ>の甘えを受容する)<汝の汝>を経由し、再び<われ>に還ってきて、<汝の汝における汝>になるという構造をもっていますが、この際の基準は<われ>にあり、要求するのも<われ>です
 しかし、しつけにおいては基準は親にあって、要求も親から子に向かってくるわけですから、義理においても、<汝>として存在する親から、---このとき親はもう(筆者注:<われ>の甘えを受容する)<汝の汝>ではありません---<汝の汝>である子へと向かう一方的な過程だけが機能することになります。
 で、いまもうしましたように、義理においては、親は(筆者注:<われ>の甘えを受容する)<汝の汝>ではなく(筆者注:親自身の<われ>をもち子供に非受容的な)<汝>になっているわけですが、(筆者注:そんな)<汝>でもいいから誰かを必要とする点においては依存期の面影を残しているので、依存期の半歩<あと>ということになります」

少し、具体的なイメージを拡げよう。

日本人の場合、この「しつけ期」の「依存と自立のあいだ」の関係パターンが何度も繰り返される。
たとえば、教育ママの子供は、いい点をとると親が喜ぶ、すると嬉しい、安心するので勉強に励む。その延長でやがて、いい学校を出ていい会社に入ることが、自分の目標になっていく。なるべく、自分の好きな学問を学んだり業界で仕事をしようと意識はするが、無意識的に「しつけ期」の「依存と自立のあいだ」の関係パターンを反復強化していることが多い。
さらにその延長で、親の評価の代わりに社会的評価を捉えて、会社での活躍や出世に意欲をもち続けるケースもあり、そうした人ほど会社をやめ仕事をやめた後に「濡れ落葉」の心理状態になりやすい。

また、最近は「即戦力」の新入社員を求めるケースが増えてきたが、それは「離巣性社会」のやり方だ。
「坐巣性社会」を前提にしてきた日本型経営においては、新入社員は周囲に依存して当たり前の半人前で、社内研修や仕事を通じて自立した一人前になる、あるいはそうさせるという考え方だ。今日、日本型経営を全否定した筈の会社でも、そうした人材育成の前提常識とそれを担う先輩後輩の人間関係が一般的である。
この「半人前から一人前になる時期」が「しつけ期」に相当する訳だが、
新入社員には、
自立するために人材育成としての仕事での先輩の指導や研修を受け入れているケースと、
会社をクビにならないために受け入れているケースがあり、
それは一人の社員の中で建前と本音であったり、場面によって交代したりしている。まさに「依存と自立のあいだ」に相当する。

さらに、
「坐巣期に愛着している人間」の場合、
会社で出世するために頑張っているケースにも、じつは心理的には自分自身で「しつけ期」を拡大反復している場合が含まれる。
とりたてて業界や仕事内容が好きな訳ではないが、売上げ競争や資格取得競争や派閥争いなどを勝ち抜いて出世すること自体が目標になっていて、そこにこの上ない達成感を感じその高揚を求めてやまない人たちは結構多い。
そういう人たちの猛烈さを見ていると、日本もアメリカ的な競争社会になってきたと勘違いしてしまいがちだが、社会心理的な展開はまったく違う。その違いの象徴が退職後の「濡れ落葉」化なのである。彼らにとっては、会社がずっと「巣」であったのだ。

私は、だから日本の企業社会は悪い、と言うつもりはない。
もっと事態は複雑で精緻に部分と全体そして両者の相関を見なければ何も言えない。

日本型経営の社会心理的な最大の特徴は、社員にとって会社が「家」、同僚が「家族」の心理的代替になってきたことだ。会社が「家」であり同僚が「家族」である限り、退職したOBとして多様に尊重され「濡れ落葉」化は問題にはならなかった。
そうした企業社会の包摂的なあり方が、転職や退職後の再就職など雇用の流動性を活発化させ、じつは社会全体にも貢献しいい作用をしていた。
ここ20年間で日本型経営の全否定とともに、企業社会の競争性が著しく強化され、包摂性が著しく消滅させられた。アメリカ型グローバリズムの短絡的な導入だが、それが企業社会そして社会全体を合理化し効率化した訳では決してない。
競争性を疎外する甘えが否定されると同時に、包摂性を促進する義理も否定されてしまった。その弊害は、日本人の企業社会が日本人的である以上、より大きく負に作用した。

この競争性、包摂性と甘え、義理との相関については、
定住社会的な「家」や固定的な「家族」を前提とする「家康志向」だけでなく、
移動社会的な「生業」や流動的な「仲間」を前提とする「信長志向」も考え合わせて、
項を改めて、本論シリーズの結論部で総合的に論じてみたい。
そのためには、さらに本書にそって「義理の構造」を検討していかねばならない。




by cds190 | 2011-09-22 12:36 | ■日本文化論からの発想

今問われる日本人の「甘えと義理」(3)  

2011年 09月 14日
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発




「今問われる日本人の『甘えと義理』(1)」
 http://cds190.exblog.jp/15390651/

「今問われる日本人の『甘えと義理』(2:間章)」のつづき
 http://cds190.exblog.jp/15427164/




「他者を経由する自己」同士が形成する<世間>



「他者を経由するというのは、
 日本人の基本的な心的構造を考える場合には、
 <われ>から発して<汝>を経由し、
 再び<われ>に還ってきて<汝の汝>になるという心的過程をいいます」

それはこういうことだ。

「日本の家庭では、子供が生まれると、両親は自分のことを<おとうさん>、<おかあさん>と呼ぶようになりますし、またお互いにそう呼びかわすのが普通ですが、

 このように、両親が自分のことを<子供にとってのおとうさん>、<子供にとってのおかあさん>とみなすことが<汝の汝>ということです。

 そうしてみると、両親は子供が生まれた当初から、自分のことを<汝の汝>として意識しているわけです」

「この場合、親は自分を基準にしているのではありません。(中略)
 子供を基準にして、そこから自分のあり方を導き出しているわけですが、
 子供にしてみれば、それは自分が基準になっているということです」

孫が生まれれば、祖父は<孫にとってのおじいさん>に、祖母は<孫にとってのおばあさん>になり、自分も連れ合いも、息子娘もその子供の孫も<おじいさん><おばあさん>と呼ぶようになる。そして、そう呼ばれるに相応しい言動と人間関係を保つのである。
これが、甘えや義理の土台となる日本人の心的構造の原型であり、家族親族に留まらず、<世間>一般に展開している。
たとえば、学校の先生は、生徒から<先生>と呼ばれるだけでなく、「先生はね、・・・」と自分を指す主語として<先生>と言う。
アメリカ人の先生は、自分を指す主語は<I>でけっして<Teacher>を使うことはない。というか、常に私は私<I>だ。
日本人には社会がなくて<世間>があり、個人がなくて<世間>という人間関係の総体において位置づけられる自分しかない、ということはこうした自分を指す呼称に象徴的に表れている。


話が複雑になるのは、「他者を経由する自己」同士の関係が甘えの時だ。
子供を基準にして、親が自分のあり方を導き出している、ということは子供にとって最高に都合いいから、その状態を保とうとする。そこに甘えが発生する。

「子供は、親が常に<汝の汝>(筆者注:子供にとっての都合のいい親)でいてくれることを望みます。けれども親のほうは、いつも<汝の汝>でいるというわけにはいきません。(中略)そうなったときに、子供は再び親を<汝の汝>にしようとしてあまえるわけです。

 それであまえる子供は、その<汝の汝>である親を経由して自己をもつわけですが、この<汝の汝>の最初のほうの<汝>は子供のことですから、<汝の汝>である親を経由した子供は、<汝の汝における汝>になっています。
 で、この<汝の汝における汝>がどういうことかといいますと、これは、親子が入れ子になっているということです。
 そしてこの入れ子というのは、親が子供を受容しているということですから、結局のところ他者を経由するというのは、その他者が自分を受容してくれているということになります」

「たとえば、子供が『・・・してちょうだい』とおねだりしたときに、母親が『・・・してあげる』と応じれば、母親は自己のうちに子供を経由させたことになりますが、このとき母親は子供を受容しているのです。

 この際母親は、子供を受容するために、自己愛を放棄しなくてはなりません」

ここが微妙だ。
ただ相手が何かを要求し、要求された自分がそれに応じる、という単純な双方向であれば、自己愛を放棄しなくても、それを温存した範囲でできる対応をすればいい。
ところが、「汝の汝」である「われ」だとそう単純には行かない。相手との関係性を確保しようとしたり、よい形で維持しようとするなど自覚的にあるいは無自覚的に対応することになる。
私は、こうした「相手を経由した自己」同士の対応には、文化人類学でいう<交換>ではなく<贈与>が関係していると思う。「甘え」は<贈与>の要求であり、「義理」は<贈与>の義務と捉えることができる。


子供が母親に受容されることを求めるのは、特に自立していない幼児の場合、本能であり、母親が自己愛を放棄して対応するのも、一般的には本能による。ただ現代では日本人の母親も多様に自己愛を拡大させていて、それとの葛藤もいろいろにあり、育児放棄や児童虐待といった事態も生じている。
ここでは、そうした複雑な親子関係の問題には踏み込まない。
一般的な、子供の受容要求とそれに応じる親の対応が、いかに<世間>一般の「甘え的関係性」の原型になっているかを検討していきたい。
さらに追って、一般的な、親の子供の受容要求の受け入れ義務が、いかに<世間>一般の「義理的関係性」の原型になっているかを検討していきたい。


「受容には、子供を保護育成し、傷ついた人間を癒すという良い面がありますが、その反面、相手をあまやかしてしまうという悪い面もあります。
 あまやかすと、あまやかされた者の自己愛が肥大していき、周囲の人たちとトラブルをおこすようになるのです」


さらに私なりの観点を一つ追加しておきたい。
それは、確かに「他者を経由する自己」同士の人間関係において成立する「甘えや義理」は日本人ならではのものだが、じつは人類原初の部族人的な心性として普遍的にあったもので、ということは現代の社会人的な心性の異なる各国人も深層心理として共通に潜在させている、と見るものだ。
要は、日本人だけが、このことに限らず全てにおいて、社会人的な心性部族人的な心性を色濃く、あるいはそのまま温存している、と考えたい。

たとえば、どこの国の子供の素朴な遊びにも部族人的な心性が溢れている。ところが日本人の場合、それを大人の娯楽やファッションにも展開して恥じるどころか楽しんでしまう。日本の漫画やアニメや原宿ファッションといったサブカルチャーが世界をリードしてしまった背景には、欧米の大人社会が子供っぽいものを軽視し権威あるメインカルチャーを重視する社会人的な心性に縛られて来た、ということが少なからず影響している。

私は直観的に、「他者に甘えない義理」「他者の甘えを受け入れる義理」といった形で「甘え」と「義理」は相関していて、その相関関係のあり方によって創造的な関係性と制約的な関係性が生まれているように思う。
そして日本人の場合、これに<内>と<外>との関係性、<身内>と<余所者>との関係性をどう捉えるか、ということが掛け合わされる。
さらに、社会人的な心性部族人的な心性を色濃く、あるいはそのまま温存している、ということから、すでに触れたように文化人類学で言う<交換>よりも<贈与>の関係性が大きく影響している、ということにも注意を払いたい。

「あまやかされた者の自己愛が肥大していき、周囲の人たちとトラブルをおこす」というケースの中には、<内><身内>の人間関係に<外><余所者>の人間関係を持ち込む、<交換>の人間関係に<贈与>の人間関係を持ち込む、あるいはそれらの逆の展開において発生しているものも多い、という観測からだ。
集団を身内で固定する「家康志向」の<世間>ではトラブルの元と看做される同じ言動が、自由に活動する個人を集団に構成する「信長志向」の<世間>ではむしろ善いこととして求められる場合がある。
逆に「家康志向」の<世間>では善いこととして求められる言動が、「信長志向」の<世間>ではむしろトラブルの元と看做される場合がある。



「他者を経由するということがあまえを意味する場合には、
 <われ>は同じですが、
 <汝>が<汝の汝>に変り、
 これに伴って<汝の汝>も<汝の汝における汝>に変わります」

この著者の論述はとても分かりにくいが、なるべく単純化して実感をともなう解説を試みよう。

まず、「甘え」そして「義理」もだが、それが人間関係において成立するためには、相手も「他者を経由する自己」の持ち主、そういう心性の持ち主でなければならない。そうでないと暖簾に腕押しになってしまう。

それは、ドイツ人の幼児が本能的に甘えを発しても、決して自己を経由させないドイツ人の母親はそれを跳ね返すどころか口を抑えて黙らせる、といった前項(1)で触れた著者の例解のようにだ。
人間も動物も、生まれたばかりの幼児にとって「われ」と「汝」は未分化である。幼児「われ」にとって母親「汝」は一体と認識され、自分の思い通りになると感じていて、自分の思い通りにならないと受け入れがたいと感じて泣きわめく。
フロイト的に言えば、世の中すべて自分の思い通りになるという<快楽原則>に生きていて、徐々に思い通りにならないという<現実原則>を知っては受け入れて行く。
ドイツ人の母親は、<快楽原則>一辺倒の動物のような幼児を、早く<現実原則>に従う人間らしい幼児にしようとしているかのようだ。

無論、日本人の母親も同じなのだが、幼児が人間となっていく受け皿がドイツ人の場合<社会>であるのに対して、日本人の場合<世間>であるという違いがある。
ドイツ人の母親の場合、神が創りたもうた人間とは、神と個々に直接に向き合う<個人>であって、その受け皿はそうした<個人>が神の御下で暮らす<社会>ということが、ほぼ無意識的につまりは身体的に感受されているのだろう。
一方、日本人の母親の場合、幼児との間にも<世間>という人間関係の総体の一部があって、そこで相互に互いの「相手を経由する自己」を見出し合うことになる。
そのあり方は親子によって多様だが、「相手を経由する自己」同士の関係であるということは日本人に共通していて、「甘え」そして「義理」が成立する訳だ。


では日本人同士ならば常に「甘え」や「義理」が成立するか、というとそうではない。

「相手が<汝>であればあまえることはできません。相手が<汝>だということは、その人が<われ>として存在しているということですから、そうであれば、相手を経由することはできないのです。それゆえ、あまえを享受することもまたできません。

 それで能動的にあまえていくことによって、その<われ>として存在している相手を<汝の汝>に変えようとするわけですが、これをあまえの能動的性格といいます。(中略)<われ>として存在する相手を<汝の汝>に変身させることによって、自分を相手のうちに受容させるはたらきをもっています。
 能動的あまえによって相手が<汝の汝>になれば、あまえる者は<汝の汝における汝>になって、相手のうちにすっぽりおさまること(筆者注:入れ子構造)になりますが、この状態、つまり相手に受容されている状態にひたり、それを享受することが受動的あまえです」

こうした親子関係を原型とする「受動的な甘え」と「甘えの能動的性格」は、人間関係、集団関係、組織関係、さらには国家関係にまで展開する。
私は、日米関係のもつ世界的にみて稀な歪みも、この延長にあると捉えている。


「たとえば、親の腕にぶら下がっている子供をみて『あまえている』と表現するのであれば、これは親に負担をかけていることをあまえとみているわけです。
 負担をかけて、なおかつ叱られないということは、親に受容されているということですからね」

第二次大戦で日本と同じように敗戦し戦後同じように奇跡の経済発展を遂げたドイツ。
西ドイツは在独米軍を受け入れながらも主権を全うし、戦争で隣接敵対したフランスと恊働してEUを構想し、旧東ドイツとの祖国統一を果たした。
一方、日本はどうかというと、近隣の韓国や中国とは仲良くできず、ソ連が崩壊し中国が資本主義化して東西冷戦が終結した後になっても、ずっと周辺諸国に脅威や猜疑心を抱いてアメリカだけを信頼しその軍事力を頼みとしてきた。
ようやく政権交代をしてこれまでのアメリカ一辺倒の外交軍事を全方位で展開しよう、あるいは近隣各国との共栄を図ろうとなったが、結局頓挫してしまった。
そして今や、アメリカ自体が中国との共栄を図っている世界情勢の中で、誰の目にも明らかなアメリカ一国主義の衰退にも関わらず、あたかもその亡霊に付き従っている有様だ。

やや日本の動向について個人的主観を多分に入れ込んでしまったが、戦後日本と戦後ドイツの比較において、日本と日本人のアメリカに対する「甘えの能動的性格」が見てとれる、ということは多くの人々が認めることだろう。
現在の最大の外交問題は、実質的にアメリカによる日本属国化の仕上げとも言われるTPPへの参加である。これについても、アメリカという親に叱られるのを怖がる子供のように、アメリカへの不満や疑惑を抱きながらも受け入れてしまいそうだ。そうさせるダイナミズムとして、日本と日本人のアメリカに対する「受動的な甘え」が見てとれる、と思う。
 



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by cds190 | 2011-09-14 22:51 | ■日本文化論からの発想

今問われる日本人の「甘えと義理」(2:間章)  

2011年 09月 13日
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発




「今問われる日本人の『甘えと義理』(1)」のつづき
 http://cds190.exblog.jp/15390651/





他者を経由する自己、その集団志向の2タイプ:「家康志向」と「信長志向」



前項(1)で検討したように、日本人に特有の「他者を経由する自己」とは以下の図のようなことであった。

こうした自己同士の関係が、「自己が相手と同じものになる」義理や、「〜してもらいたい」つまりは「相手に自分と同じものになってもらいたい」甘えを成立させる土台となっている。

日本人の集団志向は、「他者を経由する自己」同士の関係であることによって、日本人に特有のものとなっている。

そして、日本人の集団志向、そして集団独創には2タイプある。

「家康志向」=集団を身内で固定して独創する。

「信長志向」=自由に活動する個人で集団を構成して独創する。

いわゆる「世間学」や「義理や甘え」の研究者が前提にしているのは、ほとんど前者の「家康志向」である。
それは、260年の江戸の幕藩体制で「家康志向」が日本人の血肉化し、私たちが無自覚的に自然体でやってしまっているのがそれだから当然と言えば当然である。
中世までは為政者の支配原理としても活性化していた「信長志向」は、信長が体制の根幹として総括しようとしていたにも関わらず、その短命ゆえにそうはならなかった。

しかし、江戸の町人文化の担い手や維新の立役者の龍馬や勝のような、「家康志向」の武家支配に対抗したりその限界を補完してきたのは「信長志向」の有志たちであった。
その文化的遺伝子は、戦後のホンダやソニーなどの世界企業の創業や、現在のジャパンアニメや原宿ファッションなどに代表される世界に人気のサブカルチャーに継承されてきた。
この「信長志向」の集団志向、そして集団独創も、日本人に特有の「他者を経由する自己」同士の関係が土台になっているのだ。
私が注目し研究していきたいのはこちらであり、一般的な「家康志向」の「他者を経由する自己」同士の関係の有り方は、あくまでそれと対照的な事柄として検討していきたい。



たとえば著者は、こう述べている。

「この日本という国において、他者を経由しないでいたらどうなるでしょうか。あるいは、自己のうちに他者を経由させないとしたらどうでしょう。

 日本には『長いものには巻かれろ』という素敵なことわざがありますが、その俚諺に従わず独立独歩でいくとしたら、『つき合いの悪いやつだ』とか、『身勝手なやつだ』というように、世間の反発をかうことになるのは間違いないでしょうね」

確かにその通りなのだが、
「長いものには巻かれろ」という行動原理、人間関係原理は、集団を身内で固定した<世間>を前提としている「家康志向」である。

一方で、言わば「流れるものには流されてみよう」とでも言うべき行動原理、人間関係原理もあった。それは、自由に活動する個人として自らも参加し集団を構成する<世間>を前提としている「信長志向」である。
そこでの「つき合い」は、地縁血縁のように幼心ついた時から死ぬまで続く受動的ないし依存的な「つき合い」はなくて、意志と意欲によって参加した者同士の能動的ないし自律的な出入り自由な知縁志縁である。志を違えても一緒にいたり何かをすることは、むしろ「つき合いの良いやつ」にはならない。


この両者の社会人的な心性は、ともにその根源を人類普遍の部族人的な心性に求めることができる。

集団を身内で固定する「家康志向」「長いものには巻かれろ」は、
自分と家族の生命を保全する「安全基地」を求める本能であり、

自由に活動している個人を集団に構成する「信長志向」「流れるものには流されてみよう」は、
敢えて危険をおかしても補食する「冒険・探索」を求める本能である。

これは人間だけでなく動物ももっている生存本能に他ならず、両者が相互補完的に連鎖することで種が保存されてきた。

人類は、その原初において移動民であり、家族移動が集団移動となり、やがて定住民が生まれ定住社会が生まれてくる。
しかし同時に、移動民も、あるいは移動民的ライフスタイルも残り両者が役割分担と相互交流をすることで人類という種を保存し発展させてきた。

人類普遍の部族人的な心性としては、異界の民との<異界との重なり領域>における交易で、当初は沈黙交易やポトラッチのような祝祭時空で、部外者を歓迎することで、内部者同士では得られない物事を享受することへの期待や喜びがあった。
来訪神、マレビト(稀人・客人)を敬う感性は古今東西ある。
私はこれこそが、「流れるものには流されてみよう」とでも言うべき行動原理、人間関係原理の端緒だと考えている。


人類普遍の部族人的な心性は、現代人の場合、深層心理として潜在し、環境や条件によって活性化され意識化されある種の言動を促される。
私が日本の企業社会で体験的に捉えたことに以下のことがある。

日本では1991年にバブルが崩壊し、2001年にITバブルが弾けたが、それまでの企業社会では、
敢えて危険をおかしても補食する「冒険・探索」を求める本能の先鋭化
◯自由に活動している個人を集団に構成する「信長志向」による
 事業部門横断や異業種異業界恊働、異端社員や異分野外部ブレインの活用
「流れるものには流されてみよう」という気持ちが旺盛で、
 外向きオープンな人間関係で専門分野的にも分け隔てのない可能性追求をする
といったことがセットで活発だった。

ところが、日本では長引く平成不況、短絡的に日本型経営を全否定してのアメリカ型グローバリズムによる機械論的合理化によって、企業社会では、
自分と家族の生命を保全する「安全基地」を求める本能の先鋭化
◯集団を身内で固定する「家康志向」による
 事業部門分断経営や専門分野タコツボ化の中での産官学共同、異端排除や派遣差別や異なる着眼や意見の外部ブレインの敬遠
「長いものには巻かれろ」という気持ちが旺盛で、
 内向きクローズドな人間関係で専門分野的にも慣れ親しんだ縄張り内部での可能性追求しかしない
といったことがセットで活発になった。


私個人としては、後者を批判することは意味がないと思っている。
当事者もそれが最善とは思っていないからだ。ただ保身と生活の糧を得るためには、会社や業界が失速していくと分かっていてもそうするしかなくてそうしている。それを非難する資格は誰にもない。
そこで私は、前者を「昔は良かった話」にとどめるのではなくて、骨太の人間関係原理、集団独創原理として現代的に再生することこそ必要かつ有効と考えている。

というかそう考えるのは、わざわざ非力な私が強調するまでもなく、そうした実践をしているエクセレント企業が多々あるからだ。
サブカルチャー系の業界企業は、伝統的に、自由に活動している個人を集団に構成する「信長志向」だし、いわゆるベンチャーの起業は古今東西、起業家たちによる「信長志向」(日本的な自己同士の関係性を除いて)である。
さらに、ユニクロやニトリなど国際的にも事業展開する成長企業や、バブル崩壊後こぞって日本型経営や終身雇用を短絡的に全否定する日本にあって、それらを現代化・世界標準化したトヨタやIYグループ(セブンイレブン)などは、本来、バブル期までは日本企業全般の強みであった「家康志向」「信長志向」の合わせ技経営を温存してきた。

その中核的手段は、ナレッジワーカーとしてのミドルが、トップの意味的メッセージを現場エキスパートに向けて機能的メッセージに変換して伝えたり、逆に後者の機能的メッセージを前者に向けて意味的メッセージに変換して伝えたりする。これが垂直方向の知識労働とすると、水平方向の知識労働として、事業部門間の連携とか異業種異業界との恊働とかを構想し推進するなどした。
ところが、アメリカ型のグローバリズム経営は、組織を機能としてだけ捉える機械論であって、日本型経営を短絡的に全否定しこれを取り入れた一般企業は、こうしたナレッジワーカーとしてのミドルを「中抜き」と称して一掃してしまった。

組織が機械論化して、人材の側も自ら機械部品化することで組織での保身を図り、どんな業界の会社へも交換可能なエキスパートとになろうとするようになった。
しかし、組織の機械論化と人材の機械部品化は、若くて安い画一的労働力を求めるのだから、後から新しい知識や新しい経験をして社会参加してくる学生や、海外からの参入者や海外での参入者という競合の量と質の苛烈化に向き合うことになる。
こうした就労機会の獲得と保持をめぐる競争圧力が日常的に高まったことが、企業社会における「家康志向」一辺倒化に直結したことは間違いない。


さらに日本の社会全体、つまりは国という観点からは、バブル崩壊以降、アメリカの要請に応じた国内公共事業の無駄も含めた拡大などもあり、もともと「家康志向」の最右翼であった官僚社会がその一辺倒化を継続的に強めてきた。
その弊害が、現在最大の社会問題である原発人災や原子力村の政官財談合にも結果している。

これについては国民として大いに批判しなければならないが、国という枠組み自体が、特に日本の場合、単一民族幻想に基づいた純血主義の「家康志向」にある。
私としては、国民としてではなく、一人の「日本人・知識創造者」としていかに現代的に「信長志向」の集団独創を推進していけるか、に関心の重点を置いている。
それは一見して遠回りのようだが、じつは「家康志向」一辺倒化の弊害を最大限積み上げつつあるこの国の今の膠着状況を打開し、近い将来に危惧される破綻や衰退を回避する契機をもたらす近道である、と私は歴史を振り返って考えている。


「家康志向」のパラダイムとメンタルモデルは、「定住社会」と古来の「農本主義」のそれである。
現代世界の商業や工業と言えども、日本の根幹をなす省庁やそれが監督指導する業界の大手が「家康志向」一辺倒化していることは、「定住社会」のパラダイムと古来の「農本主義」のメンタルモデル、その一辺倒化をしているということだ。

具体的には、年度単位での事業活動を反復していて、その反復が滞りなく進むような事業政策の維持や改変しかしないなど、私たちが当たり前と思ってやってきている習わしがそれを象徴している。
日本の根幹をなす省庁や業界大手で繰り返される天下りも「定住社会」のパラダイムと古来の「農本主義」のメンタルモデルにある。「移動社会」では天から下りようがないのだ。古来の「重商主義」つまりは交易のメンタルモデルであれば、天は、交易相手ごとに違う神を尊崇しているから、異界に船出したとたんに天下り人がもつ威光は消えてしまう。天下りと天下り人の威光は、「定住社会」の柵があるから有り難がられているのだ。

こういう観点とロジックからは、日本の現代農業の新しい旗手と言われるキーマンがやっている国際農業ビジネスは、古来の「重商主義」、交易のメンタルモデルにあり、自国と取引相手国の「定住社会」同士を結びつける<異界との重なり領域>、つまりは「移動社会」のパラダイムにあることが分かる。
また、世界的な人気で多くの外国人ファンを擁するジャパン・アニメや原宿ファッションなどのサブカルチャー企業も、秋葉原や原宿をメッカ的な<異界との重なり領域>として世界と交易していると捉えることができる。
秋葉原や原宿は、国際的な市場であり祝祭時空であり、「移動社会」のネットワーク拠点に他ならない。

「信長志向」のパラダイムとメンタルモデルは、「移動社会」と古来の「重商主義」のそれである。


私は、国という枠組みで全てを考えよう、解決しようとすること自体が、
国のもつ制約や限界に私たち自身を呪縛させている、と思うようになった。

企業についても同じで、
企業という枠組みで全てを考えよう、解決しようとすること自体が、
企業のもつ制約や限界に私たち自身を呪縛させている、と考えるようになった。

国や企業の柵を乗り越えて、自由な知識創造者として個人が多様多彩な活動をする。
それを基盤的なリソースとして、現代的かつ国際的な「信長志向」の集団独創は再生される。
すでに国や企業の枠を超えた活動がすでに、新しい組織知識創造と知識創造社会を具体化しつつある。
今後は、日本におけるそうした新展開の数々を精緻に見て行くことで、そこでの「他者を経由する自己」同士の関係性を検討していきたい。

◯自由に活動している個人を集団に構成する「信長志向」
 外向きオープンな<世間>
 ならではの、
敢えて危険をおかしても補食する「冒険・探索」を求める本能
 をお互いに先鋭化させ合う、
「流れるものには流されてみよう」という思い
 を共有して「自己と相手が同じものになる」有意義かつ創造的な新次元の「義理」が
すでに生まれているように私は感じている。



バブル期に社会人になった若造の私に、別に同じ会社や同じ大学卒でもない、いろんな業界の諸先輩たちがいろいろなチャンスや人の紹介やアドバイスをくれた。
そこには、「〜して→もらい→たい」の甘えとは真逆の社会人的な心性があった。
それは、自分の若い頃と志を同じくする若造を、自分の利害とはまったく無関係にどうにか「〜させて→やり→たい」という共感的な思いやりだった。

遠隔地交易の航海船の乗員が典型だが、「信長志向」の集団は、実力主義において必要不可欠な人員に絞り込まれる。甘えなどというものが入り込む余地がない。
逆に、決死の覚悟で前人未到の地へ船出しようとする有志に、かつて同じ経験をした先輩は、利害を超えた共感的な思いやりを抱く。
それは、日本人に限ったことではないが、日本人の場合、その「他者を経由する自己」同士が展開する集団志向や集団独創によって、より大きなダイナミズムになると思われる。

そういうダイナミズムを潜在させていることを、私たち日本人はここ20年の間に忘れてしまっているだけなのだ。
「長州ファイブ」という近代国家樹立前夜の藩士留学生たちの映画があった。
欧州で長州藩士たちが他藩の留学生に遭遇する。彼らがお金に窮していることを知ると、長州藩士たちは、これを使ってくれ、と自分たちが藩からもらったお金を進呈し、ともに日本の近代化を成し遂げようと声援を送った。
実際、そういう人士たちが列強の圧力を跳ね返して日本という国を立ち上げたのだった。

共感的な思いやりとは、所属する組織がどうだこうだという柵を乗り越えて、新たな時代のリアリティの先取りをオープンかつフェアに恊働するものだと思う。

いま日本は間違いなく国難にあり、国難はさらに厳しくなろうとしている。
おそらく、国難を乗り越えて行くには、所属する組織の利権やそこでの保身や柵といったどうでもいい事どもを軽々と乗り越えられる有志たちが、大胆かつ果敢な恊働を展開していくことしかないだろう。
それは、社会全体の「家康志向」一辺倒化の行き詰まりを、「信長志向」の有志集団が打開してきた日本の歴史が教えていることだ。




by cds190 | 2011-09-13 11:10 | ■日本文化論からの発想

今問われる日本人の「甘えと義理」(1)  

2011年 09月 08日
「あまえと義理 ---日本人の心の構造---」小池利正著 鳥影社刊 発




義理という人間関係のポイント



まず著者は、井原西鶴が武士の義理を主題として書いた「武家義理物語」を例に、義理のポイントを解説する。
物語の設定は、織田信長が活躍していた安土桃山時代というから、義理は江戸時代以前からあったということは留意しておきたい。
つまり、義理は「家康志向」の世間にも「信長志向」の世間にも同様に一貫していたのである。

著者が指摘する「義理とは何か」の結論はこうだ。

「相手の意向をそのまま自分の意向として受け入れること」

ここで、「そのまま自分の意向として」というところが、単なる他者の意向の受け入れではないポイントだ。
よって、
「義理を果たすためには、自分の意向があってはならないし、また自分の意向があったとしたら、それを断念しなくてはならない」
「義理には”私(わたくし)”がない。つまり、私心、私情や私利・私欲がない」
「義理を考えるうえでは、この”私”がないということが一番大事」
と著者は指摘する。

そして、義理には「正しいすじみち」があるとする。
それは、「義理は相手本位なものであって、常に相手に自分を接続するというか、合致させる」もので、それはどのようにして可能かというと、
自分を相手に合致させてひとつになる
相手と同じものになる
ことによる。

「武家義理物語」では、主人公は道中で知人にたのまれたその息子を事故死させてしまう。そこで、主人公は同行していた自分の息子に「死んでくれ」と言う。すると、その息子は父の意向を我が意向として応じた。
主人公は、「息子を亡くした知人」と同じものに自分もなろうとしたのだ。
主人公の息子も、「知人への義理を果たそうとしている父」と同じものになろうとした。


著者は、時代が下るにつれて「義理がすたれてしまった」理由をこう述べる。
「それは後世の人たちが、昭和、平成と時代が移り変わるあいだに、しだいに”私”が肥大してきたので、義理を生きることが難しくなってしまったからです」

「しかしながら、義理がすたれたといっても、義理がたい人がいなくなってしまったわけではありません。義理がたい人は、いまも大勢いるんです。
 問題になるのは、その義理がたい人たちの”私”も肥大しているということです。
 というのは、そうなると義理の心性と肥大化した”私”のおりあいをつけるのが難しくなるからです」

この真逆の心性が「お互いに他を打ち消そうとするので、どうしようもなくなってしまう」状況の具体例として摂食障害をあげる。
「”私”が肥大化する傾向にあれば過食的になるし、また義理が優勢になれば拒食的になるというように、義理と肥大化した”私”の葛藤が、摂食障害となって現われてきます」


「いい子というのは親に対する義理を生きている子供だ」
「いい子は『したい。ほしい。ヤダ』といえないといいましたけれども、そういえないのは、いい子が親に対する義理を生きていて、その義理には”私”がないから『したい。ほしい。ヤダ』といえないのだ」

前出の摂食障害との絡みで言うと、親に対する義理で生きている子供の抑圧した攻撃性が自分に向かうのが摂食障害であり、同じ攻撃性が他者に向かう場合もある。
また、親に対する義理で生きている子供が、親の言うことをすべてきいている訳ではない。義理の根幹に関わることについて完全に受け入れているために、枝葉末節についてはむしろ我が侭だったり反抗的であったりすることも多い。
私は、このような状態を、現代の一般的な日本人のお上に対する態度と同じ構造のものと捉えている。
政府や自治体のやり方に文句は言い、デモもするが、海外のニュースで見るような暴動や信長時代の一向一揆のような死闘はしない。テロなんて絶対に悪い子がすることだ、という共通感覚がある。




義理が発生する背景と日本人の特殊性



「義理は、子供が親に依存している時期でなければ生じないもので、裏返していうなら、子供がひとりだちしてからでは絶対に生じないものなんです。
 ですから、できるだけ早い時期に子供を親から独立させようとする国、たとえばアメリカのような国に、義理に相当する言葉はないでしょう。(中略)

 あの聰明なルース・ベネディクト(筆者注:『菊と刀』の著者)でさえ、義理については、『人類学者が世界の文化のうちに見いだす、あらゆる風変わりな道徳的義務の範疇の中でも、最も珍しいものの一つである。それは特に日本的なものである』としかいえなかった」

ここで留意しておきたいことが2つある。
1つは、たとえば前の大戦の敗戦前夜、終戦直後の一般的日本人の義理的な心性や人間関係と、いま現在のそれは同じ構造にはあっても質は変容している、ということ。
かつては”私”が希薄だったが、いまは”私”が肥大化しきっている。
いま1つは、義理というと対人関係と考えがちだが、役所や会社など組織間関係にも成立し、根源的には神=自然と人間との関係にも遡れたり深層心理として潜在している、ということだ。
エネルギーの過食症とも言える過剰な原発推進は、神=自然への義理を欠いたという意識を、原発事故以後の反原発への揺り戻しには、神=自然への義理を全うすべきという意識を潜在させていて、その中には一部、エネルギーの拒食症とも言える社会の現実性からすれば自閉的とも言える発想も含まれているのかも知れない。


著者は、「甘えの構造」を書いた土居建郎氏も「あまえと義理をまぜこぜにしていながら、それに気づかなかった」としてこう述べる。

「『「甘え」の構造』のなかで、『すまない』という気持ちを考察しているからです。でも、この『すまない』という気持ちは、あまえと関係しているのではなく、義理と関係しているのです」

しかし、「区別がつかなかったのも無理はない」とし、その理由を
あまえと義理は半分重なっているからです。
 違うのはただ、あまえる人には”私”があるのに対し、義理には”私”がないという点だけです」



ここで著者が重要なことを指摘する。

あまえる人も、義理がたい人も、ともに自分を『他者の対象』として意識している

『汝の汝』といってもいいんですけれども、西洋人はこんな風に自分を意識しません(中略)。彼らは個人として生きています」

「これは日本人以外の東洋人も同じだと思います。(中略)
 『他者の対象』として自分を意識しながら暮らしているのは、世界広しといえども日本人だけだ」

「それは、(筆者注:あくまで一般的な)日本人が、他者を経由して自己をもつという、世にも珍しい心性を有しているからなんです」

これは、日本人と日本文化の特徴である「自他の未分化性」ひいては「人間と自然の未分化性」や「人工と自然の未分化性」にまで関係してくる。
だから、これは古今東西、外国人でもある「人目を気にする」「面子や外聞を気にする」「偽善的である」といったエゴとは次元の違う話なのだ。日本人のエゴ=自我の成り立ちそのものが、外国人とは違う。

義理という言葉が、中国の儒教の義理からの引用のために、中国人の義理と日本人の義理を同じと短絡しがちである。
中国人にとって義の大本は天意であって、義理とは「天意の道理」と言ってもいいだろう。
中国人はまず個人としてこの「天意の道理」に向き合っている。その上でそれを大切にするべく親への孝があり主君への忠がある。
そういう点では、欧米人の、神にだけ誡告する個人が、神と契約して成立する社会を形成している構造と、中国人とその社会は似ている。

一方、日本人は人間関係の総体という<世間>おいて自分を位置づけるしかなく、個人もそれが形成する社会もない。あるのは<世間>であり、その構成員として位置づけられる自分なのである。
自分とは、<世間>における「自らの分」に他ならない。「分」は分相応でなければならないが、それは個人や社会が決めるのではなくて、あくまで<世間>が決める。


「他者を経由して自己をもつ」、それを別の角度から言うと「自らの分を<世間>が決める」ということになる。
では、「他者を経由して自己をもつ」とは、具体的にどういうことだろうか。

著者は「させていただく」という言葉で例解する。

「なにごとであれ、うしろに『させていただく』をくっつけて表現する(中略)。そうすれば(筆者注:たとえ形式的に過ぎなくても)、相手の意向をあおぎ、その承諾のもとに自分が行動するというかたちになって、他者を経由して自己をもっている日本人の精神構造にかなうようになる」

さらに呉善花氏の指摘で例解する。

「日本人は『負けるな』といって応援するのに対し、韓国人は『勝て(イギョラ)』といって応援する(中略)。
 この『負かす』という言葉を原辞に分解すると、『負か』つまり『負く』と『す』すなわち『する』に分かれますが、このふたつの原辞のうち、『負か』つまり『負く』の部分は相手のことをいっています。(中略)これに対して、『す』すなわち『する』のほうは自分のことをいっており、全体としては、己の行為によって相手かたの『負け』をつくり出すことを『負かす』というんです。
 したがって、この『負かす』という一語のうちには、勝者である自分と敗者である相手の双方が含まれていることになります。
 しかるに、『勝つ』という言葉には相手の人は含まれておりません」

「『勝て』と応援する韓国人の意識は、自分から他者のほうに向かっていて能動的であり、『負けるな』といって声援を送る日本人の意識は、他者から自分に向かって受動的だということになります。
 このように日本人と韓国人の意識は、反対方向に向いているのです。(中略)

 自分から他者へと向かう往過程を重要視する韓国人は、『・・・してもらう』という還過程を軟弱に感じて、意識から切り捨ててしまう(中略)。
 これに対して、『負けるな』といって声援を送る日本人にとって重要なのは、他者から自分自身へと還ってくる還過程のほうですから、韓国人とは逆に、往過程のほうを抑圧する(中略)。
 
 そのわけをいいますと、おそらく『勝て』と応援すると、エゴがむきだしになって、対戦相手の存在意義を消し去ってしまうからでしょう。他者から自分に戻ってくる過程を重要視するものにとって、他者は自己存在の前提になっていますから、その存在意義を抹殺するような言動は、つつしまなくてはならないのです」

ここには、以下のような往還過程があると、著者は指摘する。


韓国人や欧米人は、他者を経由せずに自己をもっている個人同士として「我と汝」の関係をもつから、対人関係は往過程のやりとりとなる。
これが如実に出るのが、人との別れ際や電話の切り際だ。外国人同士は、グッバイでおしまい、電話なら要件を言い終えたらおしまいでいい。日本人同士は、さようならと言った後のおじぎの仕合いや見送り合いがないと落ち着かない。電話でも同じで、余韻のようなものの確認しあいがあり、それを体感するためにおじぎまでする。

日本人は、他者を経由して自己をもつ自分同士として「我と汝」の関係をもつから、対人関係は、自分の内側で起こる往還過程のやりとりとなる。
正確に言うと、「我の『汝における我』」と「汝の『汝における我』」との関係という微妙かつ厄介なものだが、日本語と日本文化がこれを私たちにすんなり無自覚的に行わせている。


義理が発生する背景には、日本人の特殊性、<世間>とそれに位置づけられる自分がある。
義理のポイントであった「相手と同じものになる」とは、日本人の場合、「他者を経由して自己をもつ」の典型、「<世間>に位置づけられる自分」の一つのあり方として成立している。
また、自分の抱く義理をこうと掲げ全うすることは、自分の生きる<世間>を自他に明示しそこで自分を位置づけることともなる。実際、義理がたい人は、そういう生き方をしている。


「日本人は個人として自己をもっているのではありません。(中略)日本人は、『他者を経由してきたところの自己』(筆者注:世間に位置づけられた自分)をもっていますから、(中略)日本人が(筆者注:日本人らしく)生きていくには、社会が同質的、単一的でないと困るんです。(中略)

 他者を経由するためには、その他者が、わたしという人間の経由を許してくれるのでなければ、成り立たないからです。
 しかし外国の人たち、とりわけ西洋の人たちは、自己のうちに他者が経由することを許さない」

こうした関係は親子関係をはじめとする対人関係だけではない。
店子と大家、社員と会社、企業と政府など、個人レベル〜集団レベル〜組織レベル〜社会レベル〜国家レベルすべてが入れ子構造になっている。

たとえば、企業は業界団体を組織し政府の行政指導に従ったり保護されたり既得権益を与えられたりして、お互いが安定している。お互いが「他者を経由して自己をもっている」ということだ。
この場合、往還過程のやりとりは対人関係のように言葉や行いの交流だけではなく、人、モノ、カネ、情報の交流として総合的に例外的な遺漏なきように展開する。
ところが、これは外国の政府や企業からすれば、市場への参入障壁以外の何者でもない。その交流の蓄積の根幹が明示的ではなく暗黙的であることで余計に排他的である。

敗戦後、アメリカが親(分)、日本が子(分)という社会心理が定着した。
親(分)子(分)ともに経済そして気持ちに余裕ある時代は、政府も企業も、アメリカは日本国内で「郷に入っては郷に従え」で折り合いをつけ、日本はアメリカの要望を日本の<世間>に一体化する形に変容して丸呑みしてきた(原子力村が典型)。
しかし、日米双方の政府と業界に余裕がなくなってきた今や、そうしたこれまでの展開ができなくなり、アメリカが日本国内での「ルールの共通化」を迫ってきている。TPPの眼目はそこにある。


著者は、哲学者の森有正氏が、フランスの大学で教鞭をとっている時代に、隣家に娘とともに食事に招かれ、粗相をした娘を叱ったところ、フランス人の隣家の主から、森氏と娘はともに個人として同じゲストであり、ゲストと叱るのはホストの主だとたしなめられた話をしている。
ここで、森氏と娘の関係が、日本政府とその行政指導を受ける自国企業との関係と重なる。隣家の主と森氏の娘の関係が、アメリカ政府と自由市場における自国企業ふくむ各国企業との関係と重なる。
政府が、国内市場において企業を監督するのはどこも同じようでいて、日本の場合は非グローバルなのである。ここで「非グローバル」とは、一般的な「ローカル」とも言えないほどに特殊、異質な例外という意味だ。

日本人の特殊性、<世間>と自分の関係は、発達社会心理学的にも形成され強化される。
なんとなく私たちは想像できるが、外国人の社会と自己の関係の形成過程を知ると、その特殊性が想像をはるかに超えて大きいと理解する。

著者は、西尾幹事氏がドイツ留学中に遭遇した光景で例解する。
よくファミレスなどで幼児がうるさく泣き叫んでいると、親御さんが一生懸命、静かにしなさいと叱っていて、周囲のお客も、ファミレスだから仕方ないし子供はそういうものだしと特段の反応を示さない。
これがドイツ人の母親であれば、「いきなり子供の口を乱暴に抑えて、子供の泣き声をとめようとした」といった形になる。
著者によると、そうする一番の理由は、「ドイツの母親は、子供の口をふさぐことによって、子供が自己のうちを経由することを拒否した」ということなのだ。
どこの国の子供でも子供はそうするが、「母親のうちを経由することを求めてくる子供を、厳しくはねつけなくてはなりません。それでドイツ人のしつけは厳しくなるんです」。

日本人の母親であれば、泣いている子供をあやしたり叱ったりする訳だが、そこでは「他者を経由して自己をもつ」が自分として存在させる前提になっている。
それは、人間関係の総体であるその時々の<世間>において自分を位置づける、という構造の原型である。
ファミレスで泣き叫ぶ子供も、どこまでうるさくしていいのかを、周囲を気にした母親に戸外に連れ出すなどされて、その時々の<世間>との絡みで体験的にわきまえて行く。結果的にそれが日本人の子供のしつけになっている。しつけの内容は時代や環境とともに変化してきたが、しつけの構造自体は変わっていない。


「日本の母親は、その自己のうちに子供を経由させている」

こうした日本の親子関係について森有正はこう述べているという。

「親子の場合をとってみると、親を『汝』として取ると、子が『我』であるのは自明のことのように思われる。しかしそれはそうではない。
 子は自分の中に存在の根拠をもつ『我』ではなく、当面『汝』である親の『汝』として自分を経験しているのである」

この構造は現在最大の日本の社会問題にも当てはまる。

「経産省とほぼ親方日の丸の東電の場合をとってみると、経産省を『汝』として取ると、東電が『我』であるのは自明のことのように思われる。しかしそれはそうではない。
 東電は自分の中に存在の根拠をもつ『我』ではなく、当面『汝』である経産省の『汝』として自分を経験しているのである」

「かくして日本の子供は<汝の汝>として自己をもっているわけですが、いっぽうまた子供が親に『・・・してちょうだい』と要求するという意味では、子供もまた<われ>に相違ないわけですから、この意味で、日本の子供は<汝の汝>であると同時に、要求的、あるいは自己主張的な<われ>でもあるということになります」

「かくして東電は<汝の汝>としての自己をもっているわけですが、いっぽうまた東電が経産省に『・・・してちょうだい』と要求するという意味では、東電もまた<われ>に相違ないわけですから、この意味で、東電は<汝の汝>であると同時に、要求的、あるいは自己主張的な<われ>でもあるということになります」

時事問題としては、政界財の談合体制をマスコミが核心部分を隠蔽しつつ経産省と東電が相互に利益供与をし合っているということだが、そうした現象が誰がイニシアティブをとるでもなく、言わば集合無意識的に折り合っていく背景には、日本人の親子関係と<世間>と自分の関係において個別的にかつ総体的に再生産されてきた、日本の特殊性を認めない訳にはいかない。




他者を経由する自己による「あまえの二面性」



土居建郎氏の「あまえには受動的な面と能動的な面の両面がある」という主張について、著者はこう整理する。

「あまえに受動的な面と能動的な面の二面性があるのは、
 あまえる人間が受動的な<汝の汝>と、
 要求的、自己主張的な<われ>
 というふたつの性格を有しているからです」

対人関係において、主体はこの「あまえの二面性」を相互に受発信する。
それを称して「魚心あれば水心」という。
政官財の談合体制のように、集団間や組織間の関係においても同様に展開する。


そして著者は、「あまえの二面性」を「いったん他者を経由してから再び自分に還ってくるという、再帰型の自己」が形成している構造を、以下のように「してもらいたい」という言葉の構造で解説する。

この図で、
<われ>から<汝>に向かう矢印が能動性であり、
<汝>から<汝の汝>に向かう矢印が受動性であり、
<汝の汝>から<われ>に向かう矢印が両者の統合化
と理解できる。

私たちは、このような言葉の構造をもつ「〜してもらいたい」を相互に発し合って、対人関係から集団間関係、組織間関係にいたる<世間>を安定化させ、そこで位置づけられる自分を維持している、と言えよう。
日本語による私たちの日常会話の中にも「あまえの二面性」が立ち現われている訳だが、私たちは慣れ親しんだ言葉遣いの内にこれを無自覚的に発揮している、ということになる。


著者は、こう締めくくっている。

「日本人の心的構造においては、<汝の汝>でいることがもっとも大切なので、日本人のあまえは、<汝>を経由していることを享受するあまえになります。
 もちろん、あまえる子供はどこまでも<われ>を押し通そうとするものですが、(中略)かえって相手に嫌われることになってしまいます。
 それゆえ日本では、<汝の汝>でいるために、要求的な<われ>を押し殺さなくてはならない場合が出てきます
 そしてそのことから、いい子たちのさまざまな問題もでてくるのです」

著者の言う「いい子」は、交流分析心理学の「順応する子供Adupted Child」と重なる。
「順応する子供Adupted Child」が順応するのは「批判的な親Critical Parent」で、その典型は親子関係で言えば権威的な父親であり、社会関係で言えば権威や権力である。
東日本大震災や原発事故の被災者がいちように我慢強いと国際的に評価されることの中には、多分に、お上に対して「いい子」である部分が下支えしているところがあるように思う。
つまり、「<汝の汝>でいるために、要求的な<われ>を押し殺さなくてはならない場合」が発生しているとも考えられる。

本シリーズでは、そういう観点をもって現在最大の社会問題にも触れつつ、「甘えと義理」について検討を進めていきたい。



by cds190 | 2011-09-08 12:26 | ■日本文化論からの発想

内田樹著「日本辺境論 Ⅰ 日本人は辺境人である」を読む(6:結論)   

2010年 08月 29日
「日本辺境論」内田樹著 新潮社刊 発



日本人の「民族の負の物語」を抑制し「民族の正の物語」を活性したい


著者の「Ⅰ 日本人は辺境人である」における「国家国民の物語」についての議論の中の、政治論と文化論とが重なるところで、私が強い関心をもった論点を上げていこう。


「日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮するけれども、先行者の立場から他国を領導することが問題となると思考停止に陥る。
 ほとんど脊髄反射的に思考が停止する。あたかも、そのようなことを日本人はしてはならないとでも言うかのように」

文化論には、生活文化論から仕事文化論、ビジネス文化論まである。
日本のそうした文化が世界から歓迎されるようになった。
日本のアニメの虜になって日本語を学んだという若者が世界各地から日本にやってくる。
日本のファッションが大好きという若者が東アジアからリピートでやってくる。
和食や寿司の店が外国で外国人によって立ち上がっている。
日本人のラーメン店が中国に進出し人気を博している。
などなど枚挙に暇がない。
しかしだ、当の日本人の若者は内向きで海外に出たがらなくなっている。

この今の世相と、著者の言う「先行者の立場から他国を領導することが問題となると思考停止に陥る」はどこか重ならないだろうか。


「今でも、日本国民は世界に卓越しており、欧米やアジア諸国は『鬼畜の類』だというようなことを平然と言い募るナショナリストは(中略)いくらもいますけれど、その中に『諸国民に先立って、日本が人間のしての範を示すべきこと」を提言している人は一人もいません。もし『日本が諸国民に卓越している』というのがほんとうなら、これまでどの国のどの国民も思いついたことがないような種類の、真にオリジナルな、そして同時に真に普遍的な、国際社会の行く末をあかあかと照らし出すような理念やプログラムが日本人によって提言されていていいはずです。

 でも、この『世界に冠絶する』日本のナショナリストたちが提言しているのは『他の国が「こんなこと」をしているのだから、うちも対抗上同じことをするべきである』という提言だけです。それだけです。(中略)

 本来『ナショナリスティックであること』というのはそういうふるまいを言うのではないだろうと思います。
 本来のナショナリズムは余を以て代え難い自国の唯一無二性を高く、誇らしげに語るはずであるのに、わが国のナショナリストたちは、『自国が他の国のようではないこと』に深く恥じ入り、他の国に追いつくこと、彼らの考える『世界標準』にキャッチアップすることの喫緊である旨を言い立てている。

 公正を期すために書き添えますけれど、事情は左翼でも変りません。
 彼らもやはり政府の政策の多くに不満ですが、批判の論拠は『日本の倫理的・道徳的に世界に卓越した国』であるべきだと思っているからではありません。そうではなくて、『日本より倫理的・道義的にはるかに進んだ国』があるのに、日本はそのようではないことが専ら非とされるのです。日本が彼らの求める『世界標準』に準拠していないことに不満なのです」

「国家主義者」ではないが、
「文化多元主義の文化論的国粋主義者」を自負する私は、大いに賛同する。


「日本の右翼左翼に共通する特徴は、どちらも『ユートピア的』でないこと、『空想的』でないことです。
 すでに存在する『模範』と比したときの相対的劣位だけが彼らの思念を占めている


理想主義的なさまざまな試行錯誤の後にはじめて現実的な政策が構想される。
 誰が考えても、これがことの順序です。

 ヨーロッパ思想史が教えてくれるのは、社会の根源的な変革が必要とされるとき、最初に登場するのはまだ誰も実現したことのないようなタイプの理想社会を今ここで実現しようとする強靭な意志をもった人々です。そういう人々が群れをなして登場してくる。その人たちの身銭を切った実験の後、累々たる思想的死骸の上に、はじめて風雪に耐えそうなタフな社会理論が登場してくる。それがことの順序です。

 しかし、日本史上には、そのような事例を見つけることはきわめて、ほとんど絶望的に困難です。
 幕末から後で、自分の言葉であるべき社会像を語り、それを現実に繋げ得たのは坂本竜馬の『船中八策』くらいでしょう」

マーケティング&マネジメントの世界でも、新機軸の提案などの仮説は、
仮説→実験→検証→綜合の知識創造プロセスを踏むことが常識的なことの順序とされてきた。
この常識は、「根源的な変革が必要とされるとき、最初に登場する」「まだ誰も実現したことのないようなタイプの理想社会を今ここで実現しようとする強靭な意志をもった人々」を提案者として前提して成立してきた。
つまり、提案して通らなくても仕方ないなあ、と匙を投げてしまうような提案者ばかりでは、この常識は社会的に成立しないのである。

しかしバブル崩壊以降、長引く不況の中で、それは建前に成り下がった。
その原因は、経営の無理解や不寛容ではない。
「根源的な変革が必要とされるとき、最初に登場する」「まだ誰も実現したことのないようなタイプの理想社会を今ここで実現しようとする強靭な意志をもった人々」が少なくなったことである。
根源的な変革が必要とされるテーマに関しては、提案して通らなくても匙を投げずに提案し続ける提案者が少ないのは昔からのことだが、戦後日本では、敗戦直後に国民各階層全体に最大化して、高度成長期以降の団塊世代の学生たちの運動、バブル期の企業社会の文化事業やフィランソロピーにみる理想主義を経た後、バブル崩壊とともに一気に少数化、異端化してしまった。
現在では、異端というより「空気全体主義」の中で時代錯誤のKYと看做される。


新機軸の提案などの仮説→実験→検証→綜合の知識創造プロセスは、決定権ある者がGOを出す新機軸に限って、儀礼的にちゃちゃっと行って正当化してみせる。
NOとする新機軸については、はなから提案を受け付けなかったり無視するのが一般的となった。
そして社員全体もその空気を忖度して自己規制するようになった。そうしない者はその主義主張、提案内容のいかんを問わず異端ではなくてKYなのだ。
どうしてそういう事態になってしまったのか。

それは、組織が全体としてすべきことが既定路線として決まっていて、あとは機械論的に機械パーツたる部署と、その歯車たる人材が動いてくれさえすればいい、そういう体制になったからだ。
この体制に対抗して規定路線以外の提案をしたりそれを実現しようと頑張る「強靭な意志の持ち主」は、どうなるか。
今の世の中では「場に馴染まない奴」として排除されてしまう。
互いを呪縛する「空気全体主義」である。

しかしこの「場に馴染まない奴」は、かつて互いを解放する「風通し自由主義」が当たり前だった時代には、敢えて矢面に立つ不利をおかしても会社のために異論を呈したり経営者に諌言する「企業家タイプ」として模範とされた人材像なのである。
結局そのままのタイプできてしまった社員は、会社を離脱するか、閑職に追いやられるかしている。
彼らの中には、かつてヒット商品を飛ばしたベテラン社員から、意気込みをもって新卒や中途で入ってきて意欲と能力があったがゆえに逆に浮いてしまった若手社員までいて、どうみても経営は人材を活かしているのではなく殺しているとしか見えない。
あくまで社員に遮眼帯をはめて既定路線にだけ向かわせる、そんな機械の歯車としてのみ、人材を評価し管理している経営なのだ。

人材だけが資源と言われる日本で「人本主義」の経営が否定されたり、建前化したら、少なくとも「余をもって他に代え難い」日本企業や日本人の活躍はできなくなる。



「教化」「教化的」とはどういうことか


「日本が世界に向けて『私が世界標準を設定するので、諸国民もまたこれに従っていただきたい』という文型で教化的メッセージを発信した例を私は知りません。

 『教化的』というのはコンテンツの問題ではありません。
 コンテンツ的には日本が世界に伝えた有益な情報はいくらでもあります。学術や技術の領域では最先端を誇る業績は枚挙に暇がないほどあります。でも、今問題にしているのは有用なコンテンツを発信したかどうかではありません。マーケットを独占できたかどうかではありません。教化的にふるまうことができたかどうかです。

 『教化』というのは、『諸君は私のメッセージを理解せねばならない。なぜなら、諸君が私のメッセージを理解せねばならない理由を諸君はまだ知らないが、私はすでに知っているからである』というアドバンテージを主張できるものだけがなしうることです。
 人々がまだ知らないことを、すでに知っている人間にだけできることです。
 そして、私たちはこういう言葉を口にすることができない。どれほど強く望んでも口にすることができない。

 私たちにできるのは、『私は正しい。というのは、すでに定められた世界標準に照らせばこれが正しいからである』という言い方だけです。
 それ以外の文型では、『私の正しさ』について語ることができない」

「民族の物語」を「国家国民の物語」よりも重視する私だが、同じように思っていると捉える日本人が「私の正しさ」を語るだろうか?と考えてみた。

しかも日本人の「民族の物語」の本質は暗黙知や身体知をベースとするものである。
その文脈ではメッセージの正しさを云々することが中心テーマではない、という特異性も踏まえてだ。
さらに「外国人を領導する」としたらどんな語り方をするだろう?と考えてみた。

たとえば開発途上国に技術指導にいった日本人がいたとしよう。
相手の知らないことを知ってる人が、相手にそれを伝える際には、別段世界標準を持ち出さなくてもいい。
相手が主体的に知りたいと望むのであれば、『諸君は私のメッセージを理解せねばならない。なぜなら、諸君が私のメッセージを理解せねばならない理由を諸君はまだ知らないが、私はすでに知っているからである』というアドバンテージに胸を張れる。
しかし私が重視するのは、そんなことではない。そこで語って伝えられる明示知は技術指導の中心テーマではない、ということだ。そんなのは、日本で作成したテキストでも本人が模範を示すビデオでも伝えられることで、ネットで配信するEラーンングで済むことだ。

現場で相手の目前で実際にやってみせて、しかも相手を手取り足取り指導して初めて伝わる暗黙知や身体知こそが極意という本質であり、それが伝わらない限り技術移転は完結しない。
そしてそれは、極意をまで教わり切るまで、極意を知らなかったということさえ知られない。
知られないことは意識できない内容であり、その伝達こそが技術指導における「継承」というゴールなのだ。


著者が政治論的に、日本人は「自分の正しさを世界標準に照らしてしか語ることができない」と言い、だから日本人は「教化」できないとするのに対して、
私は文化論的に「そもそも語ることができない暗黙知や明示知こそが日本人が伝えるべき中心テーマである」、「その伝達こそがゴールだ」という考え方から、だから日本人はコンテンツでもメッセージでもなく、人と人がリアルに相対し寄り添って恊働することで「教化」するしかない、とする。

話が後先になったが、日本人が外国人に「日本人とは何か」を説明するとしたら、それは個々の日本人が個々の相手の外国人との関係性において、相応の分野の事柄を相応の場でリアルに相対し寄り添って恊働することで「教化」するしかない、ということでもある。

いくらアニメが海外で人気となっても、それは「日本人とは何か」を説明しない。
だから世界のアニメファンが、「日本人とは何か」の答えを求めて日本に来る。
そしてもし日本人がそれに答えるのであれば、ほんとうは何か恊働をするのが一番いいのだ。
実際、日本にきた留学生が一番「日本人とは何か」を知るのが、学校とアルバイト先で、それは日本人との恊働の場でもある。


モノの生産の技術指導の話を例にしたが、アイデアや企画や構想といったコトの立案の場合も事情はまったく同じだ。
ただ、モノの生産とコトの立案ではその前提で違いがでてきている。
モノの生産は個人技にしろ集団技にしろ大枠は変っていない。
一方、コトの立案は個人技もそれが集合する集団技も大枠が大きく変わった。

実社会の実践で会得した知識や知恵ではなく、個人が学校や自宅で学んだ専門知識やその試験に合格して取得した資格で個人技が形成されるようになった。
それが専門分野ごとに引きこもった思考や恊働のタコツボ化を助長した。
結果、業界業種が違っても同じ専門であれば同じ知識体系と同じ思考回路の人材ばかりとなり、だからこそ交換可能な部品としての人材価値が高まると解釈されるようになった。
しかし現実には、よほどの先鋭的な企業の研究や開発の主力人材以外は、金太郎飴になっていることと、どんどん新知識を学んだ安価な若い労働力が入ってくることから、人材レッドオーシャン市場、人材インフレとなっていく。雇用の流動性は、より良い条件からより悪い条件への一方通行となりがちだ。

それが競争社会の現実でそこで頑張るしかない、それが当たり前だ、という人々がほとんどだ。
しかし彼らは今の現実しか、可能性としてもないと思っているだけだ。それは一つの画一的な「支配的な物語」に囚われている。
過去には違う物語が存在した。ということは、今の「支配的な物語」もやり方次第で「もう一つの物語」に変容できるということだ。ただ、それをする気が無い。匙を投げてしまっているだけなのだ。

かつてたとえばメーカーであれば、各社取り扱うハードが様々でそれを社内で連携させたり、異業界異業種の他社と恊働し特定のソフトやサービスと連携して新規事業や市場開拓をした。
そのために、連携の組み合わせによって実地で会得した知識や知恵にユニークさや個性が生じた。そこで錬成され蓄積された職能は、単なる画一的な分野割りの専門知識や専門技能ではない。必然的に個性的な分野統合の構想力や独創集団の組織力、独創活動の推進力といったより高次元の能力となった。
人材の経験が買われるとは、かかる高次元の能力が買われるということを意味した。

図式的に表現すればこういうことも言える。
現在は、専門知識のタコツボ毎に固定的な人材ピラミッドがあってそこで人材の需要供給が発生している。言わば「垂直的な人材市場」である。後から新知識を備えた若い人材が底辺から充当され、年輩者は頂上に向かうに従い淘汰されていく。官僚社会と同じだが、官僚のように天下り先が用意されている訳ではない。
一方、かつてのように、複数の専門知識を要する統合分野なり業際分野がその組み合わせの数だけ無数にあれば、何を自分の専門としてどう他者の専門との恊働を展開したかという個人的経歴の数だけ高次元の能力をもったオンリーワン人材が発生する。これは言わば「水平的な人材市場」である。

つまり、前者が現在の「支配的な物語」だとしても、後者の「もう一つの物語」の可能性は、経営の知恵の発揮の仕方しだいで今もあるのである。
2系統が世の中にあっていいのである。
いな、あった方が両者の相乗効果が、企業社会全体の創造性の個性化と多様化を促す筈なのだ。
具体的には、前者の人材ピラミッドの人材レッドオーシャン市場を脱して、後者の人材ブルーオーシャン戦略を、多くのビジネスパーソンがとれるようになる。
それによる雇用の流動化と起業の促進は容易に想像できるだろう。それはバブル崩壊までの日本の企業社会の常態だったのだ。それがそのまま再現されればいいとは思わないが、現代的に再生させることは十分にできる。いな、むしろネット社会のパラダイムは、互いを解放する「風通し自由主義」が良識として一般化していたかつてのパターンの方と重なり、それを大いに促進する筈なのだ。
私のこの提唱を時代錯誤だという学者もいるが、私には彼の方が限界的な現実に匙を投げた敗北主義者だと思えてならない。



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by cds190 | 2010-08-29 00:44 | ■日本文化論からの発想